未来への道標
「いやだよ…阿斗…また、離れ離れなんて…」
「それも一時だ。子龍と共に、私を迎えに来てくれ。何を心配することがあろう、私は大徳の子であるぞ。人質をそう簡単に殺すものか」
悠生は阿斗に強く抱き付き、別れを惜しんで再び涙を流した。
きっと、遠呂智は倒れるだろう。
だが阿斗の命がどうなるかは、一連の物語を知る悠生にも分からないことだった。
本当は、此処で一緒に、仲間の助けを待っていたい。
それでも、咲良がちゃんと旋律を奏でられる状態になった姿を見届けなければ、この世はいつまでも狂ったままだ。
劉備は義兄弟の死に錯乱し続け、孫呉は光である孫策を失い、絶望する。
悲しい時を繰り返させないためにも、脱出が可能ならば、阿斗との別れも受け入れなければならないのだ。
「僕…慶次どのと行くよ…。でも、お願いがあるんだ。ずっと僕の傍に居てくれた黄皓どのとおねねさまを…守ってあげて…」
「ああ、前田殿から聞いていた。黄皓が悠生を救ってくれたのだな…。ねねとやらは忍びと聞いたが、ならば前田殿に事情を話し、その忍びと連携し、黄皓を守ろう」
「ありがとう…阿斗…」
悠生が逃亡したと妲己に知れたら、まず罰を受けるのは世話係の黄皓だ。
黄皓は悠生を駒のように扱う妲己に不満を抱き、相当文句を言っていたようだから、妲己が情けを掛けるとは思えない。
だが、慶次とねねが協力してくれるなら、黄皓のことは大丈夫だろう。
それでも阿斗は…、妲己の怒りを直に受けたら、慶次だって庇いきれないかもしれない。
「阿斗…絶対また、会おうね。約束だよ」
「ああ。生きて蜀へ帰り、二人で、美しき桃の花を見ようではないか」
「うん!絶対だからね。もし…阿斗が死んだら、僕も死ぬよ」
阿斗の居ない世界に生きる意味など無い。
桃の木の下で交わした約束だって、意味の無いものとなってしまう。
悠生の強い決意を秘めた言葉に阿斗は驚くも、ふっと笑って、抱き締める腕にもっと力を込めた。
「では私も、死ぬ訳にはいかぬな」
未来を、これからを守るために。
悠生は改めて、心に決めた想いを自身に言い聞かせた。
どんなことがあっても、劉禅を暗君とは呼ばせない。
離れ離れが続いても、一人ぼっちになったとしても、この命は、阿斗のために使いたい。
(僕は…誰よりも阿斗が大好きなんだよ。そうだよね、間違っていないよね)
桃の花が咲く頃に、また。
何度、季節が巡るかも分からないけれど。
きっと会いに行くと、約束するから。
END
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