むくろの寝床



「なあ遠呂智、悠生さんを俺にくれないかい?妲己も扱いに困っているんだろう?まだ子供だが、良い傾奇者になれると思うんだがねえ」

「…好きにせよ」

「有難うよ。じゃあ、今日はこれで仕舞いだ。聞きたいことは全て聞き出したんだろう?」


もう一度、よく考えてみるんだな…、と遠呂智に言い残した慶次は、意識を朦朧とさせたままの悠生を抱えて玉座の間を後にする。

その場にただ一人残された遠呂智は、悠生の発した"好き"の言葉を何度も、心の内で反芻していた。
己とは無縁だと思っていた、その響き。
朧気な記憶の中に残る、懐かしき声が紡ぐ。
好きだと、言っていた。
その言葉の意味を、遠呂智は知っていたはずなのだ。
悠久と呼ばれた神と、同じ名を与えられた小さな存在。
初めは…ただ、傍に居てほしかっただけだった。


(…貴様を愛した者は皆…不幸になる…)


目を閉じれば今も、あの日と変わらずに、桃の花弁が舞っていた。



━━━━━



悠生は消え入りそうな意識を何とか保とうと、ぎゅっと慶次のもみあげを掴んだ。
慶次は気を遣い、ゆっくり歩こうとつとめるため、とても眠たくなってしまうのだ。


「あまり引っ張らないでくれるかい?自慢のもみ上げなんだ」

「……、」


返事をする元気も無かった。
このまま、黄皓の待つ部屋に送り届けられたら…また、余計な心配をさせてしまうではないか。
風邪も完治しておらず、微熱が残ったまま遠呂智の呼び出しに応えた悠生の身体は、もう限界寸前だった。

先程、首に付けられた斬り傷は、玉座の間を一歩出たところで慶次が簡単に止血をしてくれたものの、その怪我が悠生の心にダメージを与えた訳ではない。
…ずっとひとりで居たら、誰でも、ああなってしまうのだろうか。
泣くことも出来なくなった、遠呂智の悲しげな瞳が、どうしても忘れられなかった。


「可哀想…ですね…寂しいなんて、言えなかったんだ…」

「驚いたねえ、あんたは人の心が読めるのかい?あんたみたいな御仁が、一人でも傍に居てくれたら、遠呂智も少しは報われたかもしれないが…」

「でも、慶次どのが…居てくれて良かったです…ずっと、遠呂智さまの味方で居てくださいね…」


眠りに付くその瞬間まで、一人にしないであげて。
払いのけられても、手を繋いであげて。
そうすればきっと、良い夢が見れるはず。
遠呂智がただの悪役にならずに済んだのは、慶次が最後まで彼の傍らに並び、唯一、その生き方を理解しようとしたからだ。

慶次は遠呂智を友達だと思っているが、心を閉ざした遠呂智には、あたたかな感情を受け取ることが出来ない。
他人の目を人一倍恐れているからこそ、弱さを隠すため、力をひけらかすようになってしまったのだろう。
遠呂智の心を殺したのは、彼を闇に閉じこめた者たちだ。
すぐ傍に、掛け替えのないものがあるはずなのに。


「良い子だ。ますます気に入った!折角だ、ご褒美をあげようかねぇ」

「ふふ…ありがとう…ございます…」


自分とは比べものにならない大きな手のひらに頭を撫でられると、一気に睡魔が襲ってくる。
やけにひんやりと、冷たく感じたが、熱がぶり返し、内側から体温が上がっている最中なのだろう。
…遠呂智はきっと、頭を撫でられたことも無いのだ。
心を許せる人にこうしてもらえたら、気持ちよく眠れるのに…、なんて。
相も変わらず、大人になれない子供なのだ。
格好悪いことなのだが、この心地よさには負けてしまう。


(慶次どの…優しいんだもんなぁ…)


どうか遠呂智にも、心地よい眠りを。
魔王を眠らせる死の旋律が、何よりも優しい子守歌となるように。



END

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