むくろの寝床



「貴様の甘言は不快だ。愚かしい…我が斬り捨ててくれる」

「遠呂智さまは…好きだって言われたことが、ないんですか…?」

「くだらぬ。我は人に疎まれ続けた。我に向けられる感情は憎悪だけよ」


ぐっ、と容赦無く刃先が押し付けられると、喉元にちくりと痛みが走り、悠生は身を震わせた。
肌を流れるどろりとした液体の感覚と血の匂いに気付き、頭がくらくらした。

…遠呂智のことは、本当に大好きだったのだ。
勿論、ゲームの中での話だ。
最強と位置付けられ、誰にも負けない強さ、その戦闘力、どれをとっても完璧だった。
だが、歴史上の人物としては、それほど魅力を感じていなかったのも事実である。
神話になどさほど興味がなかったのだから。


(でも、変だよね…殺されそうなのに、嫌いだなんて思わないんだ)


遠呂智は、誰よりも可哀想な男なのだろう。
この悲しい運命を断ち切ってほしい、決して口にはしない切なる願いを叶えてくれる無双の強者を待ち望んでいる。
だが、遠呂智は孤独を恐れるあまり、盲目的になってしまったのだ。
だから、好きという感情を理解出来ない。
自分はひとりで生きていけると信じている。
この世界に来る前の、悠生のように。


「僕はずっと、自分はひとりぼっちだって決めつけていました。でも、好きだって言葉に救われたんです。僕が遠呂智さまと同じなら、遠呂智さまだって僕と同じじゃないんですか…?」

「同じ…?我と貴様が?戯れ言を…」

「慶次どのだって、政宗さまだって、遠呂智さまのことが好きだから、ずっと傍にいるんでしょ?だから、ひとりじゃないよ…違うの…?」


言葉に救われる…、それはまるで魔法のようだ。
好きな人の笑顔だけで心から幸せになれるように、言葉に秘められた力は無限大である。
遠呂智はそんな小さな幸せさえ、知らなかったのだ。

悠生は苦しげに息を吐き、唇を噛みしめた。
…血が、なかなか止まってくれないのだ。
疼くような痛みと、血が溢れたことにより体温が下がり、悠生の身体はがくがくと震え出す。
痛いのは、嫌だ。
永劫不死も嫌だったけれど、此処で死んでは、遠呂智によって救われた命が無駄になってしまう。

遠呂智は変わらずに無表情だったが、気が変わったのだろうか、音もなく武器を引っ込め、悠生を解放したのだ。
また、気紛れか。
ふっと気が抜け、ふらついて倒れそうになった悠生を支えたのは、それまで黙って様子を見守っていた慶次だった。


「遠呂智、あんた本当に分からなかったのかい?俺と政宗が傍に居る理由をさ」

「……、」

「遠呂智!もしや、わしらを董卓や司馬懿と同一視していたのではあるまいな!?そのような子供でも分かると言うに…実に遺憾じゃ!わしは部屋に帰らせてもらうぞ!」


己の利を求め遠呂智に従った者と一括りにされた、その事実が許せなかった政宗は、ぷりぷりと怒り、マントを翻して部屋から飛び出していく。
気が短いのか、単なる恥ずかしがり屋なのか…、きっとどちらもだろう。

悠生は慶次に抱きかかえられ、目の前で揺れる金色の髪の毛をぼんやりと見ていた。
此処は何よりも安全な場所だろう、それに、あたたかい。
一気に気が抜けた悠生は慶次にしがみつき、ついにはその意識を閉ざそうとする。
それほど、悠生が味わった緊張は桁違いのものだったのだ。


 

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