最後の希望



大声の何が悪いのかと、悪びれた様子もなく、そのまま劉備の隣に腰を下ろした張飛は、今日初めて目にする悠生に興味を抱き、的外れな質問を投げ掛ける。


「お?見慣れねえ顔だな、まさか趙雲、お前の子か!?」

「翼徳!!すまないな悠生殿。翼徳、此方のお方は、これから阿斗と暮らしていただくことになった悠生殿だ」


流石の趙雲も返す言葉が無いようだったが、劉備の手前、恐ろしいほど鮮やかな笑みを浮かべて押し黙っている(弟かと問われた方がマシだったのだろう、年齢的に)。
張飛は天然なのだ、そう思えば別にどうってことはない。
しかし張飛は場違いな発言をしたことにも気付かず、物珍しそうに悠生を観察した後、改めて口を開いた。


「へえ、じゃあいっちょ俺様の武勇伝でも聞かせてやろうじゃねえか!趙雲と阿斗も居ることだし、長坂での見事な逃亡劇を…」


張飛が唾を飛ばしながら、かつての思い出話を語り始めようとしたまさにその時だ。
悠生は背筋が凍り付くような、何とも言えない不快な違和感を得た。
ぞっとするほどに、空気が重いのだ。
呼吸さえ苦しくなるぐらいに。

だが、張飛はまるで気に止める様子も無い。
本当に…、気付いていないのだろうか。
もしかしたら劉備や、趙雲も、何も感じていないのかもしれない。
悠生だけが、この息苦しさを覚えているのだとしたら、原因はいったい何処にある?


(阿斗は?僕だけなんて、おかしいよ。阿斗…あ、あれっ?)


そこで漸く、悠生は隣に座る阿斗の異変に気が付いた。
先程までは、元気に食事をしていたはずなのに。
阿斗は皆の視線から逃れようとするかのように俯き、唇をぎゅっと結び、指先が白くなるほどこぶしを握り締めていたのだ。

もしかして、泣いているの?
びっくりして、悠生は思わず阿斗の手を握り締める。
すると阿斗も驚いたように顔を上げた。
重ねた手はとても冷たく、揺れる瞳には、涙こそ見えなかったが、隠しきれない憎しみと…悲しみが浮かんでいるような気がした。

空気が重いと感じたのは、阿斗がひとりで、苦しそうにしていたからだ。


「…いっ、いたたた!!」

「悠生?」

「たんこぶがっ!急に痛くなって…っ…」


怪訝そうな顔をする阿斗をよそに、悠生は額を抑えて精一杯痛みを訴える。
…本当は、痛みなど無いのだけれど。
これは、下手くそな演技だった。
阿斗の悲しみの理由は分からなくても、今はこうするしか…阿斗を救う方法が無いと思ったのだ。

場の雰囲気を完全に崩壊させた悠生の呻き声に、劉備は痛ましそうに眉を寄せ、趙雲も傷の具合を確認しようと手を伸ばしかけたが、それよりも先に反応を示したのは張飛だった。


「少し我慢してな。特別に俺が典医のところまで連れていってやるからよ!」


子煩悩であろう張飛は、悠生が痛みに苦しむ姿に父性が刺激されたらしい。
椅子をひっくり返す勢いで立ち上がったと思ったら、すぐさま悠生を肩にかつぎ上げる(些か乱暴である)。


「私も行くぞ!悠生のことが心配だからな!子龍、そなたは此処に居れ」

「ですが、阿斗様…」

「趙雲よ、お前は兄者と待ってろ。全部俺に任せておきな」


張飛にかつがれている悠生に、皆の表情は見えなかったが、どうやら大事になってしまったようだ。
阿斗に残るように言われた趙雲は、まだ何か言葉を続けていたが、張飛が室内にも関わらず全速力で走り出したため、悠生は必死にしがみつくことしか出来なかった。




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