白の面影



「……、ええ、嫌いですよ。私のことを何も分かろうとしない貴方は…」

「こら、黄皓。そんなことを言っちゃ駄目でしょう!」

「おねね殿?いったい何処から…」


忍びという存在をよく知らない黄皓は、突如として現れたねねと、隠れる場所など無い天井を交互に見て首を捻った。
悠生を起こすことを懸念し、黄皓はあまり驚かず、至って冷静にものを考える。
ねねは何処かに身を隠し、ずっと話を聞いていたのでは?


「全く…悠生はこんなに素直なのに、どうして黄皓はひねくれているんだろうね。三成そっくりだよ!」

「……、」

「本当は、嫌いだなんて思っていないんでしょう?あたしの目は誤魔化せないよ」


いつからこの女性は悠生の母となったのだろう。
他人にここまで母性が働く女も珍しいものだ。
共に過ごした時間は短いが、ねねは幾重もの壁に阻まれた黄皓の心まで見透かしている。
だが、他人に知られたいとは思わず、黄皓は肩を竦め、静かに呼吸をする悠生を睨みつけるように見つめた。


「初めは、殺したいほどに憎んでいました。このような弱々しい子供に、いったいどんな価値があるのか、私には理解が出来ませんでした。ですが私は悠生殿のため一度死んだのです。つまるところ…、私にも母性が生まれてしまったのでしょうか?」

「黄皓は悠生のことが、可愛くてたまらないんだよ。弟のように思っているんじゃないかい?」

「……、ええ、悠生殿は私の邪念を知っていても、私を信じているんです。主を想うならば、私のような男は遠ざけようとするはず…」


縋るものが何もない黄皓にとって、世界の全ては阿斗であった。
まだ幼い高貴な人は、必ず才を評価する、と約束を交わしてくれた。
生まれ持った身分ではなく、個人の能力や努力を認めてくれる…そのような広い心を持った阿斗に、いつか近付きたいと願っていた黄皓は、ずっと阿斗のことを深く慕っていたのだ。

だが、悠生はどうだろう。
ある日突然現れたその子供は、当然のように阿斗の隣に並び、著しい寵愛を受けるようになった。
黄皓は激しく嫉妬したものだが、現在、悠生は阿斗より近しい存在になってしまった。
かつて、黄皓が死に物狂いで悠生を守ったのは、この子供を失えば阿斗様が悲しむから、確かに理由はそれだけだったはずのに。


「阿斗様は、私の努力を買ってくださいました。ですが悠生殿は…私を、黄皓という存在を受け入れ、慕われたのです」

「悠生が心を許しているのは、黄皓だからなんだね。他の人には、黄皓の代わりは出来ないんだよ?」

「ええ…、ですから、私は悠生殿が嫌いです。私に嫌われていると思い込む悠生殿など…、」


二度目は、ねねは説教をしなかった。
黄皓はこういう性格だから仕方がないと、諦めたのだろう。
だが、ねねは嬉しそうに微笑んでいる。
どこぞの誰かに似ていると言うが、それはさすがに受け入れがたい。
不本意ながら、胸に秘めた想いを打ち明ける形となった黄皓は、ふっと溜め息を漏らした。


(このような感情が知られたら、私は趙雲殿に殺されてしまうでしょう)


あの御仁も、相当嫉妬深い。
だからこそ、この距離感が丁度良いのだ。
迎えが来るまで、悠生の世話役で居ようと、改めて誓った。
阿斗と、悠生。
どちらが愛しいかなんて、考えてはならないような気がして、黄皓は悠生の髪を撫でるねねの姿を静かに眺めていた。


 

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