最後の希望



(そんなに、見つめられると…っ…)


しどろもどろの挨拶でも全く気にせず、劉備は興味津々に悠生を観察している。
しかし、悠生の緊張は最高潮に達し、立ち尽くしたまま、足が動かなくなる。


「……わっ!?」

「悠生、そう固くなるな。父上はそなたを取って食べたりせんぞ!」


すると、悠生の緊張を察した阿斗が、何を思ったか…強く背を押したのだ。
それほど勢いは無かったようだが、踏ん張ることの出来なかった悠生は前のめりに倒れ、あろうことか円卓に思い切り頭を打ちつけてしまった。
がつん!と痛々しい音が食堂に響く。
予想を超えた事態に、劉備も趙雲も唖然としていた。


「っつ〜…!阿斗のバカ!!」

「何だと!?私は悠生のためを思ってだな、」

「限度ってものがあるでしょ!ああやだ、絶対たんこぶ出来る!」

「はっ、別に良いではないか。顔の傷とは、男らしさが上がるものだぞ?」

「そんなの屁理屈だ!」


くくっ…、と笑い声。
はっとして見れば、劉備が口元を押さえ、必死に笑いを堪えようとしていた。
まずい。
劉備の御前であることを思い出した悠生は、一瞬にして痛みを忘れていた。
阿斗をただの子供のように扱い、喧嘩腰でつっかかり、しかも全てを劉備に見られてしまったのだ。
日頃から敬語に慣れておくべきだと…、趙雲の言葉を聞かなかった自分が悪い。
どうしよう、と青ざめる悠生を救ったのは、ひたすら苦笑するだけの趙雲だった。


「劉備殿。阿斗様にここまで物が言える人間は、悠生殿しか居りません」

「ははっ、その通りだ。大人しい方かと思いきや、とても元気が良いではないか。悠生殿、是非話を聞かせてほしいのだが、宜しいかな?」


まずは冷めない内に食事を、と笑う劉備は、すっかり悠生を気に入ったようである。

濡れた手拭いを用意してもらい、鈍く痛む額を押さえながら、定食のようなものをご馳走になった。
劉備は事前に悠生の事情を聞かされていたのか、生い立ちや両親について尋ねたりはしなかった。
質問は主に、蜀は暮らしやすいか、皆に良くしてもらっているか、など全て悠生を気遣うものである。
阿斗のせいで(おかげで?)緊張は薄れたが、答えに詰まると視線で趙雲に助けを求め、フォローしてもらった。
食事を終える頃には、何とか無事に、この場をやり過ごすことが出来そうだったのだが…、


「何だよ兄者、趙雲も、楽しそうじゃねえか!」

「翼徳、もう少し静かに出来ないのか」

「ちぇっ、別に構わねえだろ!」


劉備を見つけ、どかどかと足音を立てて此方へと近付いてきたのは張飛(字は翼徳と言う)であった。
彼は劉備の義弟であり、似ても似つかないが星彩の父である。
朝から大声を響かせるものだから、耳がキンキンと痛くなってしまった。


 

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