いにしえの呪い



じっと見つめたら、関平は困ったように照れ笑い、悠生の頬に貼り付いた、水気の帯びた髪をはがしてくれた。
以前と何も変わらない、優しい関平の笑顔だ。
沢山、話したいことはあったが、互いに早く味方と合流しなくてはならない。
しかし、今すぐに此処を動くのは危険である。
幸いなことに雨は止んだので、この強い流れが収まるのを待つべきだろうか。


「悠生殿、宜しければこのまま、拙者と共に信長様の元へ参りませんか?貴方がこうして戦場に立つなど…拙者には…」

「ごめんなさい…。僕、阿斗を人質に取られていて…今は…」

「そうでしたか…。ですが、信長様は必ず平和な世を取り戻してくれましょう。どうか今少し、耐えてください」


信長を尊敬する悠生には、とても魅力的なお誘いである。
だがやはり、阿斗の安全が確保されなければ、悠生は妲己からは逃れられないのだ。
阿斗が殺されたら、きっと生きてはいけない。
だから、今はまだ、関平とは敵のままだ。
せっかく心配して、言葉をかけてくれたのに…、申し訳なくて俯くと、関平は静かに、握った拳を見せる。

何だろうと首を傾げて関平を見たら、ゆっくりと手のひらが開かれた。
其処に載せられていた、小さな指輪。
それに覚えが無いはずはない、悠生ははっとして、声も出せないほどに驚いた。


「これを貴方にお返しすることが出来て…本当に良かった…濁流に落としはしまいかと冷や冷やしました」

「関平どの…」

「ですが、一つ謝らなければなりません。拙者が…首を落とされた後、次に目を覚ました時には既に、指輪の緑玉が無くなっていたのです」


ずっと前、美雪に与えられた翡翠の指輪。
関平にお守りとして手渡したものだが、まさか返ってくるとは思わなかった。
確かに、以前は其処に埋め込まれていた小さな玉が、見当たらない。

だが…、微かな疑問を持った悠生は、己の右手の指を見た。
人差し指に残されたこの、細い輪の痕は…美雪の指輪の幻影では無かったのだろうか。


「ありがとうございます、関平どの…」


生まれた疑問は消えないが、美雪の形見が戻ってきて嬉しくない訳ではないのだ。ふっと微笑んだ悠生は、素直に指輪を受け取ろうとする。
だが、悠生の指先が指輪に触れたその瞬間、ぱあぁっと目が痛むほどの目映い光が溢れ出しれたのだ!
視界が一瞬にして、真っ白に染まる。
きらきらと、雲に隠れた太陽よりも眩しい輝き。
いきなりの発光に驚いた悠生は盛大に肩を跳ねさせたが、未だ光輝く指輪を落とすことはなかった。


「悠生殿!?この輝きは、いったい…」

「わ、分かりません…何でこんな…?」


きらめく光は徐々に収まっていったが、悠生の手のひらに渡った指輪は、特に変化したようには見えない。
悠生はまじまじと指輪を見つめたが、別に、美しい緑色を取り戻した訳でもないのだ。


 

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