最後の希望



「いやだよ!絶対に無理だって!」

「悠生!我が儘を申すな!」

「阿斗様、悠生殿、喧嘩はいけません」


悠生は首を大きく横に振った。
先程から「いやだ」と繰り返す悠生と口論する阿斗との間に挟まれた趙雲は、半ば呆れ顔になりながらも、懸命に仲裁しようとしていた。
趙雲が居る限り、取っ組み合いの喧嘩に発展することはないだろうが、悠生は必死で、頑なに拒否し続ける。


「何が不満なのだ?父上にそなたを紹介するだけだと言っていよう」

「だけ、じゃないでしょ!?阿斗の父上って…劉備さまじゃないか!そんな偉い人に会ったら、緊張で死んじゃう!」

「何を言う。この私だって偉い人なのだぞ」


阿斗はまだ子供で、劉備の嫡男…と言うよりも大事な友達だ。
それとはまるっきり話が違うではないか。
いつかは、劉備に謁見する日が来るだろうとは思っていたが、早すぎる。
趙雲にあれだけ作法がなっていないと叱られたのだ、悠生も考えを改め、真面目に学ぶ姿勢を見せた。
だが…もう少し勉強してからでないと、やはり、不安である。


「駄目だよ…だって僕、頭も悪いし、弱いし、何にも良いところがないんだよ?阿斗に恥をかかせちゃうよ…」

「悠生殿。阿斗様が貴方を選んだ、それだけで価値があることなのだよ?」

「その通りだ。それに、そなたは見た目が良い。きっと父上も気に入られるだろう」


阿斗はいたって真面目に言うが、そのような微妙なことを褒められても頷けるはずがない。
むしろ、女では無いと知られたらがっかりされそうだ。

阿斗に選ばれたこと、どうしてそれに価値が生まれるのか。
趙雲の言葉をじっくりと考える暇もなく、謁見の時間は刻々と迫っている。


中国式の謁見と言うと、高い位置に鎮座している玉座に君主が居て、謁見者は階段の下でうやうやしく拱手をする。
そんな感じの挨拶から始めて…、となんとなくイメージしていた悠生だが、趙雲と阿斗に連れて行かれたのは、広くて多くの人で溢れかえっている…食堂のような空間だった。


「え?」

「悠生、父上はあちらに居られるぞ」


まだ、意味が分からない。
一般兵とおぼしき人々が、皆して同じような定食らしき物を各々受け取り、区分けされた円卓で談笑しながら食事をしている。

その奥、少しだけ豪華な装飾が施された椅子と円卓があり、なんと其処に、劉備が座っていたのだった。


「普段より劉備殿は、皆と同じ空間で同じ食事を取られている。家臣が言っても聞かぬのだよ、困った御仁だろう?」

「こら、趙雲。聞こえているぞ?」

「申し訳ありません、劉備殿」


わざと聞こえるように言ったような気がする。
それでも、劉備が浮かべる悪戯っぽい笑みは、やはり阿斗によく似ていた。


「そなたが、阿斗の?」

「は、はい!悠生と申します。先日は、蜀の皆様に大変お世話になりました。感謝の言葉もありません!」

「ははっ、畏まらなくて良いのだぞ。さあ、腰を掛けよ」


本当に…、劉備と言う人は優しいのだ。
大徳と呼ばれ、義を重んじる素晴らしい人。
何よりも民を思い、諸葛亮や将兵と共に蜀という国を作り上げた。
ゲームをやっているときは、そこまで凄いと感じなかったのに。


 

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