悲壮なる残像



(でも…、三成さまは敵になっても僕のこと、心配してくれたじゃないか…)


戦場であっても、敵同士であっても、確かに絆は存在する。
貂蝉と呂布も、互いを信じて道を分けた。
ならば、全てに絶望してはならない。
生きていれば必ず、報われる。
だから死した人には、これ以上無いほどの哀れみを。

静かに呼吸することによって自身を落ち着かせ、意を決した悠生は、震える手で亡骸に…兵の鎧に触れた。
青を基調としている…魏軍の兵のようだった。

ごめんなさい、と一言呟いてから、悠生は兵の鎧を脱がせ始めた。
寒さで手の感覚は無くなってきたし、鎧は重く、てこずりなかなか作業が進まない。
ガチャガチャと音を立て、なんとか部品を外した。
身長が違うために鎧自体は着用出来ないが、具足などを部分的に身に着けていく。
気休めにしかならないだろうが、これで少しは敵の目が誤魔化せるかもしれない。


(…水門付近で弓が使えれば良いんだ…危ないけど今は…頑張らなくちゃ)


いずれ織田軍に奪われるであろう水門を、少しでも長く守り続け、その間に孫権の本隊が到着すれば、悠生は水門守備に尽力していたのだと、確かな証人が生まれる。
もし、あの時あなたは何をしていたの、と妲己に詰め寄られたとしても、堂々と言い訳が出来るのだ。

重い鎧によろめきながらも、悠生は何とか水門近くまで足を進める。
だが既に其処は激戦地となっていて、ぶつかり合う曹丕軍と織田軍の間に割って入ることは不可能に思えた。
水門は戦の勝敗を決する要である。
此処を奪ってしまえば勝利を手に入れたようなもの…ゆえに、武勇名高き将が自然と水門に集まっているのだ。


「おい!!お前は水門を守備する張コウ様の兵だろうが!!油を売っていないで早く守備に付け!!」

「え、あっ、いだっ!」

「全く、張コウ様の部下は身なりを重視する女々しい者ばかりで困ったものだ!!」


悠生は弓を構えるどころか、煩い雨音のせいもあって、背後に立つ人の存在にも気付かなかった。
戦の経験の少ない悠生には、やはり単独行動は自殺行為だったのだ。
すぐさま殺されるかと思ったが、なんと尻を蹴り上げられてしまった。
またも地面と接吻しそうになるも、今度は必死に立て直し、事なきを得た。

危険の及ばない、少し離れた場所から水門を見詰めていた悠生を怒鳴り散らしたのは、櫓の見張りから伝言を受けた使い番らしい。
悠生が着用した鎧は、曹丕軍・張コウ隊のものだったようだ。
戦中に持ち場を離れるなんて、異心ありと即座に首を落とされても不思議ではない状況だが、悠生は尻を蹴り上げられるだけで、それ以上の咎めを受けなかった。


(痛い…取り合えずは良かったんだけど、どうしよう…!水門に入るつもりは無かったのに…!)


拝借した鎧と、小柄な体が役に立ったのか、悠生は美を極限まで追求する張コウ隊と勘違いされてしまったのだ。
ひりひりと痛む尻を押さえることも叶わず、悠生は成り行きで、かの有名な魏将の元へ連れられることとなった。
勿論、曹丕軍の兵たちは、張コウ隊として連れ戻された悠生を見ても、気にも止めない。


 

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