悲壮なる残像



今回の戦は最初から最悪なものだっだ。
この水責めだって曹丕軍が水門を占拠して行ったことであり、遠呂智軍はただ布陣しただけで、信長軍と曹丕軍の戦いをぼんやりと傍観しているようなものである。
これでは、妲己の怒りを買いかねない(その妲己も、今は曹丕軍の捕虜だというから、複雑だ)。


「もう疲れて戦えねえよ!逃げちまおう!」


唾を飛ばし、大声で、誰かが叫んだ。
いつか国を建て直してくれると、皆はすがりつく想いで孫権を信じ、ここまで耐え抜いてきたが、とうに限界は越えていた。
先の見えない絶望的な戦付けの日々に、孫権への忠誠は歪み、ついに崩壊したのだ。
思い思いに不満をぶちまけると、彼らはボロボロになった武器を投げ捨る。


「もう戦う義理もねえ!ずらかれ!」


ざわざわと、皆は初めこそ戸惑うが、一人、また一人と砦から飛び出していく。
悠生はおろおろとするばかりだったが、あっという間に無人となった砦に取り残されてしまった。


(そんな…、これじゃあ、孫権さまが可哀想じゃないか…)


彼らの限界を目の当たりにしたため、あっさりと…とは言ってはならないが、主を見捨てて逃げる兵卒たちの姿に悠生は唖然とする。
国の崩壊は人の心の崩壊から始まる。
一番大切な、相手を信頼する心が、ばらばらに壊れてしまったのだ。

辺りには、激しい雨音だけが響いていた。
此処で一人でじっとしていたら、どんどん進軍する敵と鉢合わせ、討ち取られかねない。
ひとまず、他の砦の遠呂智軍と合流しようかとも思ったが、どこも似たような状況だろう。
それに、此処で戦場を離脱しては、何のために出兵したのか、本当に馬鹿馬鹿しい話となってしまう。


(少しぐらい、頑張ったってところを見せなくちゃ…)


悠生が逃げ帰れば、孫権の立場が危うくなるのは勿論、人質である阿斗にまで危害が及ぶかもしれないのだ。
現在、妲己が力を失っていたとしても、彼女がいつまでも人間の言いなりになるはずがない。
全てが終わるまで、今はまだ、妲己の言うとおりに戦場で功をあげるしか無いのだろう。

繋がれていたはずの馬も兵卒らに使用されてしまったため、悠生は己を奮い立たせ、生身一つで砦を後にした。
するとすぐ、大粒の雨に叩きつけられる。
冷たく、微かな痛みを感じるほど、雨足は強いし視界も利かない。
何処から矢が飛んでくるかも分からないので重心を低くし、自分もすぐに攻撃が出来るよう、しっかりと弓を握った。
ゲームで覚えた樊城の地図は、頭の中に叩き込んである。
目指す先は、曹丕軍が占拠した水門だ。


(水門を狙う織田軍を追い払う…下手したら僕も、曹丕さまの軍に狙われるかもしれないけど、上手く紛れ込めないかな…って…うわ!?)


そんな思案をしていた時だ、地に転がる無数の遺体に気付かなかった悠生は、足を引っ掛けて盛大に転んでしまった。
べちゃっと、鼻先から地面に突っ込むも、ぬめった柔らかい泥に受け止められる。
痛みが無い代わりに、体中が泥水にまみれてしまった。

なんて格好悪いのだ、自分の鈍くささを歎く意味も無いが。
汚れは、この雨が流してくれるだろう。
だが、悠生はすぐに立ち上がることが出来れなかった。
足元に転がる物言わぬ遺体を見て、悔しくて、強く唇を噛み締める。


(…戦なんて…悲しいだけだ…僕はどうしてこんなっ…)


あんなに、大好きだったのに。
大好きな世界が、苦手になっていく。
目にするのは悲惨な現実ばかりで、良いことなんか何も無い。
ひとりは、怖いのだ。
すぐに心が折れてしまいそうになる。
守ってもらえなくても良い、自分が守る立場になったって構わない。
誰かがずっと傍に居てくれたら、それだけで頑張れるのに。


 

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