悲壮なる残像



樊城の戦い、呉軍と魏軍による関羽の死のきっかけを作った戦であるが、悠生は三国志演義を読んでいた頃よりも、樊城が苦手になっていた。
それは身を持って樊城の地の冷たい雨に打たれ、大切な人たち…黄皓と関平の死を間近に感じたからである。
ゲームでは実感することが出来なかった、人間同士が殺し合う現実。
そこには爽快感など有り得なかった。
皆、どうして戦っていたの?
確かな目的を持っていない人間には、悲しみと苦しみしか、生まれない。
そして、今日も。
樊城は、いつだって冷たくて切ないものだった。


(ずっと…雨だね…)


悠生はいつまでも泣き止まぬ空を見上げていた。
いったい何が悲しくて号泣しているのだろう。
うるさいほどの雨音を聞きながら、悠生は考え事をして暇を潰す以外に、どうして良いかが分からなかった。

周りを見渡しても、砦の中に待機する兵からは、やはり全くやる気が感じられない。
彼らは遠征による疲労と、意図の見いだせない戦のせいで、主への疑心暗鬼に陥っていた。
孫策と仲違いをし、決別した孫権である。


(孫権さま、まだ来てないしさ…)


悠生が戦場で暇を持て余しているのは、孫権の不在のせいでもあった。
今回悠生は、名目上は、孫権の部隊に加えられたのだ。
だが、出陣が決まっても、肝心の孫権の姿が見えず、ついに戦は始まってしまう。
不本意な戦とはいえ、生真面目な孫権が遅参すること自体、未だに信じられないのだが。

此処は、樊城である。
諸葛亮の指示で、悠生は遠呂智軍として、織田信長の討伐に赴いたのだった。
樊城に陣を敷いた織田軍だったが、ゲーム通り、遠呂智軍の水責めによって身動きが取れずにいる。
しかし、悠生の見る限り、違和感を持たずにはいられない現状があった。

ばらばらだったストーリーの結合、それがゲームとは違う展開を見せ始めた。
本来は、遠呂智の連合軍として、曹丕軍も参戦していたはずだ。
そして、曹操を慕い、覇道の偽物を潰すためにと戦場に乱入した夏侯惇のこともある。
だが、曹丕と三成は既に遠呂智軍から離反しているし、夏侯惇だって今は曹丕に力を貸している。
それなのに、情報によると、曹丕軍が第三勢力として樊城に乱入したと言うから驚きだ。
何がどうなった、と悠生はゆっくり考えていたのだが、導き出したひとつの答えは、やはりゲームにもあった展開である。

それはきっと、夏侯惇の意思によるものなのだ。
今は曹丕に従っているとは言え、曹操を生存を絶対的に信ずる夏侯惇が、障害となる信長を潰しに来ないはずがない。
それに、疲弊しきって士気も低い遠呂智軍をも滅ぼせる絶好の機会である。
曹丕も、この戦には利があると、夏侯惇の私的な望みを聞き入れたのではないか。


(こんなこと、いくら考えたって仕方がないけどさ…)


悠生は何度目かも分からない溜め息を漏らした。
ねねが居ればまだ、話し相手になってくれただろうし、この先どうすれば良いか、案を出してくれただろう。
残念なことに、彼女を樊城には連れていけなかった。
妲己の忠実なしもべとなった諸葛亮の言葉には、妲己と同等の価値があるらしい。
彼に罪は無いが、恨めしく思ってしまう。


 

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