獣の行く道



「りょ、呂布どのっ」

「何だ」


思い切って問い掛けてみたが、口を開くと舌を噛んでしまいそうだ。
冷たい風が頬に当たり続け、気を抜けば鼻水まで飛びそうになる。
確かに赤兎は誰も追い付けないほどに駿足ではあるが、悠生にしてみればマサムネの方が何倍も安全運転だと思えた。


「貂蝉どのは…お元気ですか…?」

「……、」

「あ、あのっ!もし具合が悪いなら、一緒に居てあげた方が…」


大きなお世話だ、とでも言うように呂布はフンと鼻を鳴らして視線を逸らす。
速度を上げた駿馬に、いつしか呂布の後を追っていた兵卒たちとの距離が見る見るうちに広がっていく。


「貂蝉が脱走した。ゆえに連れ戻すだけだ」

「貂蝉どのが!?嘘だ…そんなこと…!だって、あんなに幸せそうだったのに、どうして…?」


悠生は驚いてしまったが、物語としては、この展開に間違いはない。
用意されたシナリオでは…貂蝉が脱走を決意したのは、遠呂智に心酔し妲己に利用されるだけの、哀れな呂布の目を覚まさせるためであった。

過去に、計略のために呂布に近付いた貂蝉は、純粋に呂布だけを慕うようになっていった。
天下無双の武勇も、その内に秘められた不器用な優しさも、彼女にとっては魅力的なものだったのだろう。
だからこそ、呂布の武の在り方が間違った方向に傾く様を傍らで見守ることが辛くなった、…それが、用意されていた展開である。

しかし、今やゲーム通りの展開は望めないし、考えられない。
そもそも、彼女が脱走する理由など無いではないか。
現に悠生は貂蝉の笑顔をこの目で見ているのだ。
呂布の傍に居られるだけで嬉しい、幸せなのだと微笑む貂蝉の微笑みの美しさを簡単に忘れはしない。

それに…、呂布は貂蝉の友達である咲良を守ると宣言してくれたのだ。
遠呂智や妲己の魔の手から、守ると。
悠生も知らなかった、呂布の人間らしさ。
遠呂智と最強の武にしか興味が無かった呂布が、他人を慈しむことが出来るようになった。
だからこそ、貂蝉が自ら呂布の傍を離れるなんて、どうしても信じることが出来なかったのだ。


「……俺と居る貂蝉は、幸せそうだったのか?」

「はい…、僕はそう思いました。だからちょっと、寂しいです」

「ふん、貂蝉は俺の女だ。またも離れ離れになろうが、俺の傍が一番に代わりはない」


重々しい話をしていたはずなのだが、悠生はそこで初めて、違和感を覚えた。
呂布が気持ち悪いほどに落ち着いているのだ。
貂蝉のこととなれば激昂し、形振り構わず暴れまわるあの呂布が顔色一つ変えず、余裕綽々と言った様子だ。

それに、貂蝉を連れ戻す気が無いのだろうかと疑いたくなるほど冷静である。
彼の台詞では、貂蝉と距離を置くことを最初から受け入れているようにも思える。
いったい、二人の間に何があったと言うのか。
貂蝉が脱走する前に、何かしら言葉が交わされたことは予測出来るが、どんな会話をすればこうなるのかが分からない。

訝しげに呂布を見上げれば、赤い瞳にぎろりと睨まれてしまい、悠生はびくっとして縮こまった。
このまま五関を突破する勢いで、赤兎は軽やかに地を駆け抜けるのだった。



END

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