新しい一日



数秒の間にぐるぐると考え込んだ悠生だが、趙雲を納得させられる台詞はいつになっても思い浮かばなかった。


「言えない…か?まあ、無理に口を割るつもりは無い。貴方が何か企んでいたとしても…、既に貴方はあの御仁に魅入られている。そうなのだろう?」

「言えないことは、あります。だけど僕は…、阿斗…阿斗さまのことだけは、絶対に裏切りません」

「…分かっているよ。悠生殿の心は、十二分に伝わった」


言わせられた感は拭えないが、阿斗を想うその言葉に嘘偽りは無い。
…小刻みに手が震えていることに気が付き、悠生は趙雲に見つからないよう、さっと手を隠した。
たったこれだけのやり取りで、ゲームとは違う、趙雲の新たな一面を見せつけられたような気がして…、これからのことが不安でたまらなくなった。




「悠生よ、阿斗が参ったぞ!私に会えて嬉しいだろう?」


それから少しして、阿斗が悠生の部屋を訪ねてきた。
嬉しそうなのはむしろ、阿斗の方である。
自らに課せられた習物を普段以上の速度で片付け、飛んで帰って来たのだろう。


「あ……あの、」

「悠生?」

「阿斗…さま、お帰りなさい」

「……、」


趙雲に言われた通りに敬語を使い、悠生は中国の挨拶・拱手をして阿斗を出迎えた。
まず始めに自分の名を書けるように、と慣れない筆と格闘していた悠生の手は真っ黒である。
悠生の態度に驚いた阿斗は、暫し呆然と立ち尽くし、非難の視線は悠生を通り越し趙雲に向けられた。


「子龍!悠生にかのような喋り方を強いたのはそなただな!?」

「ええ。ご覧の通り悠生殿は、元々基本的な礼儀作法は身に付いていたようで…」

「師となり教えを授けよと申したのは私だ。だがな、これでは意味がないのだ!」


言っていることが無茶苦茶だ。
悠生にはよく分からないが、阿斗が趙雲に命じたのは、最低限の知識とマナーを教えることのはずだろう。


「悠生も、自分でやっていておかしいと思わぬのか」

「…それは…その通り、だけど、」

「やはり、そうであろう?子龍、せめて、私やそなたしか居らぬ時は、素のままでいさせてやってほしい」


堅苦しい敬語のせいで、阿斗との間に距離が出来てしまったような気がした。
その違和感を不快に思ったのは、阿斗も同じだったらしい。

趙雲は諦めたように溜め息を漏らした。
本来ならば、何事も小さなことから徹底すべきなのだ。
状況や接する相手により態度を変えていたなら、いざという時にボロが出る可能性が危惧される…、不思議なことではない。


「良いでしょう。阿斗様は悠生殿の素直な性格に惹かれたのですから。長所をみすみす潰してしまうのは、勿体無いことです」

「ああ。変に畏まった悠生など、私の求める存在ではないのでな。気色が悪くて仕方がないぞ」


そうはっきり気色が悪いと言われると凹むが、阿斗は本気で思っている訳ではない。
彼の嬉しそうな笑みを見れば、それぐらいは容易に分かる。

もっと、早くに。
現実の世界でも、阿斗のような素敵な人に、出会えていれば。
うれしい、しあわせだ…と思えるようになった。
阿斗のおかげで、友の居る喜びを知ることが出来たのだ。


「ありがとね、阿斗。僕のことを好きになってくれて」

「な、何を急に?」

「本当のことだよ!」


趙雲が言うように、こんな自分が素直な性格だとは思えないが…、少し頑張れば、こうして心からの気持ちを伝えられる。
阿斗に好かれている自分のことなら、好きになれる気がした。


END

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