さよならを唄う



「悠生さま…母上は…どうなされたのですか…?その、血は…」

「小春さま!?っ……来ちゃ駄目って言ったのに…」

「はは、うえ…?」


壊滅寸前の大喬軍だったが、小春まで現れてはもう、悠生にはどうすることも出来ない。
その上、あれほど母の身を案じていた小春に、意識を無くした瀕死状態の大喬の姿を見られてしまったのだ。
……誰かを守るなんてたいそうなこと、引き受けるんじゃなかった。
今までは、守ってくれる人が居たからなんとかやってこれたのに、悠生はそのことをすっかり忘れていた。


「小春さま、あなただけでも逃げてください!早く…!」

「……、」


小春は悠生の声に耳を貸さず、横たわる大喬に近付くことも出来ず、呆然と、目の前の惨状を瞳に映すだけだった。
母が死ぬ、それはどうすれば受け入れられるのだろう。
悠生とて、母親代わりであった美雪の死に、限りの無い絶望を感じたのである。
孫策が亡くなった時、赤子であった小春に悲しみの記憶は無い。
だが今は目の前で、大喬の命の灯火が消えかかっているのだ。
当然、未だ幼い小春には、受け入れられるはずがなかった。


「わたしに…力が無いから…?」

「それは違うよ…小春さま…僕のせいだ…」

「いいえ…いいえ!!わたしが無力だから!こうして母上を苦しめることとなったのです…!わたしが弱いから、全てわたしが悪いのです!」


負い目を感じる必要は無いのに、己を責めた小春はがたがたと震え、その場に泣き崩れていた。
「お助けください、父上…」と、何度も何度も孫策を呼び続ける。
この地獄のような現実に、彼女は耐えることが出来ない。
そしてついに、小春の心が崩壊してしまう。


「わたしに力をください!あなたのものになります!!」


陸遜を愛するならば、決して言ってはならない…、禁忌の言葉を叫んでしまったのだ。

異変は、その瞬間に起きた。
夢の通り、仙女が声を拾ったのだろうか、目映いほどの光が小春の体を包み込む。
瞬間、一面が真っ白に染められる。
それは目を開けていられないほどの強い光で、まともに光を浴びた悠生、そして光秀ら反乱軍も皆揃って地に伏せた。

爆発的な輝きがおさまり、かろうじて意識を無くさずにいた悠生は何とか起き上がるが、其処に居た少女…、小春の変わり果てた姿に、息が詰まりそうになった。


「小春、さまが…覚醒した…?」


覚醒、それは、遠呂智の物語には有り得ない現象であった。
無双武将の能力を最大限に高め、外見さえも神々しく変化させる。
彼女の背には純白の美しい羽が生え、頭には淡く輝く細い光輪が浮かんでいる。
美しくも儚い、小春の姿がそこにはあった。
三国志の時代には有り得ないその出で立ちは、どう見ても天使と形容することしか出来なかった。


 

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