さよならを唄う



「黄悠さま、…悠生さま。実は、あなたさまにご相談にのっていただきたいことがあるのです」

「はい、何ですか?」

「世が混沌に満ち、母上と引き離されたわたしはひとり捕らわれておりました。わたしには力が無く、守られることしか出来ないゆえ…とても悔しい想いをしました。そのためか、毎夜のように不思議な夢を見ていたのです」


夢、それは実に不思議なものである。
悠生も、時折やけに現実味を帯びた夢を見るが、それを不快だと思ったことがないのはきっと、夢の中でだけ、大好きな人達に会えるから。

小春の語る夢の内容は、見知らぬ美しい女性に語りかけられるというものだった。
無力な自分に嘆く小春に対し、彼女が欲する言葉を囁く、不思議な女の夢だという。


「この世の者とは思えぬ美しいお方…まるで仙女のようなその女性が、わたしに囁くのです。力が欲しいなら与えよう、だが私のものとなれ…と」

「私のもの…って…」

「ただの夢、ですが、どうしようかと悩んでしまったわたし自身に、絶望したのです…わたしは永劫、伯言さまのものでありたい…それなのに、力が欲しいあまり、仙女さまの差し出す手を取ってしまいそうになったのです…」


小春は泣きそうに顔を歪め、弱々しく声を震わせた。
頼りない肩が震えているが、悠生にはどうすることも出来ない。

たかが夢の話、だが悠生にも、ただの夢とは思えなかった。
力を与える代わりに、小春を我がものにしたいと言う、仙女。
つまり、小春を仙界に連れて行くことを望んでいるのではなかろうか。
陸遜のものである、この幼い姫君を、呉の国から引き離そうというのだ。


「駄目です、そんなこと、絶対に…!」

「悠生さま…」

「戦えないことは辛いかもしれないけれど、小春さまは守られていることが当たり前なんです。力なんて望まないでください。陸遜さまを…ひとりにしないであげてください…」


もし、夢が現実となってしまったらどうする?
自身の弱さに悩んでいた小春は戦う力を得るために仙女の手を取り、陸遜の傍から離れてしまうのではないか。
あってはならないことだ、と思う。
悠生は俯く小春を見つめて、再度言葉を投げかけた。


「お姉ちゃんは、小春さまが居なくなったら寂しがると思います。陸遜さまだって…」

「ありがとうございます、悠生さま…。全て、おっしゃる通りなのでしょう。わたしは夢に惑わされていたようです。力を得ようとするより、まずは、心を強くしなければありませんね」


そう、それで良いのだ。
きっとこれから先、小春の存在は陸遜を助け、救うことになるだろう。
辛く悲しい人生を歩むこととなる陸遜を、ひとりにしてほしくない。
だから、離れていかないでほしい。
彼女を何処にも連れていかないでくれと、悠生はまだ正体も知らぬ仙女に願う。


 

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