新しい一日
「趙雲…あの、僕…」
「趙雲殿、と敬称を付けなさい。私は貴方の師となるのだから」
ぱたん、と扉の閉まる音がやけに響いて聞こえた。
その後に残るのは静寂だけで、趙雲の厳しい言葉に驚いた悠生も、何も言い返せず顔をしかめて、口をつぐんだ。
先日も思ったことだが、この人は一見優しそうに見えるのに、他人に物を諭す際の視線と、浮かべた笑顔がどことなく冷たく感じられて…少し、怖い。
「劉備殿の嫡子であられる阿斗様を呼び捨てにするなど言語道断だ。きちんと敬語を使うことも忘れずに。私の言っていることが理解出来るかな?」
「言うことをきかなかったら…追い出されるの?」
「私は、貴方を阿斗様の隣に並ぶに相応しい人間とするため、師となったのだよ?」
彼らはゲームの中の存在だから。
そう思って、甘えて接し続けていた。
でも、今は違うのだ。
此方が現実となってしまった以上、趙雲の言う通りにしなければ、今日のうちに首が刎ねられても不思議ではない。
悠生は躊躇っていたが、控え目に頷いた。
また家を失えば、路頭に迷い今度こそ死んでしまう。
それに…、悠生が思うは、阿斗のこと。
強引で自分勝手な我が儘王子、考えていることはよく分からないけど、誰よりも優しい子供だ。
阿斗の傍に居るために敬語が必要ならば…、従わない理由は無い。
こんなことで阿斗と引き離されては、たまらなく悔しいから。
阿斗のことが大事だから、きっと何でも出来る。
初めてなのだ、本当の友達が出来たのは…
「頑張り、ます。僕のことを好きになってくれる人は…もう二度と、現れないかもしれないから。嫌われたく…ないから。趙雲どの、僕に勉強を教えてください」
「良く決意してくれたな。私も全力を尽くそう」
悠生はたどたどしく答えを返したが、まだまだ説教が続くかと思いきや、趙雲はやっと笑ってくれた。
内心、ほっと安堵した悠生だが、それも束の間、趙雲の次の問いに、心臓が跳ね上がるほどにどきりとした。
「ひとつ、聞いておきたいのだが…悠生殿は、元からあの村に暮らしていたのではないのだろう?いったい、何処からやって来たのか、教えてほしい」
「それって…美雪さんが言った、んですか?」
この時代、現代よりも戸籍がはっきりしている訳ではないし、農村部なら尚更、記録など残っていないだろう。
調べられたとして、悠生に関する情報が何も出て来なかったとしても、それで敵と見なされることはまず無い。
馬鹿正直に倭国から来ました、と言えば、それは逆効果だ。
倭国と通じているのはどちらかと言うと、蜀ではなく魏。
しかし…下手な嘘を付いたところで、聡い趙雲を騙しきれるとも思えない。
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