さよならを唄う



南西拠点までは距離があるため、悠生は馬に乗り、大喬と並んで走っていた。
その後ろには数人の護衛兵が続く。
本来ならば、大喬はただ守られるべきか弱い存在なのに、こうして戦場に立たなければならないなんて…可哀想でならなかった。


「あなたは確か、落涙様のご兄弟でいらっしゃるんですよね」

「はい、そうです」

「これは、秘密にしていただきたいのですが…、落涙様は現在、孫呉…いえ、孫策さまと一緒に居られます」

「え!?」


思いも寄らぬ新情報に、悠生は思わず大喬を凝視してしまった。
尚香は、落涙が信長と一緒に居るところを見たと、確かにそう言ったのだ。
呆然とする悠生の隣で、大喬は苦しげに顔を歪めている。

そうだ、現在彼女は、夫である孫策と敵対関係にあるのだ。
だが、遠呂智軍を離反して孫策の元へ帰ることは、未だ出来ないでいる。
大喬が自ら妲己を裏切れば、責めを負うのは孫権であろう。
孫呉を愛する大喬には苦しい状況だろうが、今は目の前の敵と戦うことしか出来ないのだ。


「先日、関ヶ原にて、私は島左近という殿方と共にいらっしゃる落涙様にお会いしました」

「島…左近…」

「孫策さま達は日々、追っ手から逃亡し続けていたのです。落涙様も、体調が優れぬご様子でしたが…、心は、お変わりなくいらっしゃいましたよ?」


姉の無事を、大喬は優しく教えてくれる。
そして、島左近…、彼は石田三成の家臣であった天才軍師である。
己の軍略を活用する場として織田信長に孫策を紹介された左近は、小覇王の器を確かめるためにと旅に出た。
つまり、信長の元に身を寄せていた咲良は、どんな理由からかは分からないが左近に付き添い、共に孫策の元へ向かったのだ。

ならば今日、落涙は官渡に来ていない。
取り合えずは、咲良の身の安全が保証されたことを感じた悠生は心底ほっとし、姉の現状を教えてくれた大喬に礼を言った。


南東拠点には大喬の他に、孫呉の兵と思われる者達が待機していた。
今のところ、士気はそこそこ高いようだが、やはりこの数では心許ない。
本当に、妲己はこのような少数の軍勢に対し、敵本陣への突撃を命じるつもりなのか。
間違いなく危機に晒される大喬を、守ることが出来るのは悠生だけだ。
敵を討つ自信や勇気は無いが、大喬の傍に居て攻撃を防ぐことは出来るかもしれないと悠生が考えていた時、幼い少女の声が耳に飛び込んできた。


「母上!」

「ああ、小春!ひとりにしてごめんなさいね。寂しかったでしょう…」


大喬を母上と呼ぶ、可愛らしいその声は、悠生にも覚えがあった孫策の娘・小春のものだったのだ。
まさか、でもどうして戦場に…、俄かには信じられなかったが、声の主を我が目にしたとき、大きく心臓が跳ね上がる。
久々の再会であるかのように、飛び付く勢いで大喬に抱き付いた小春の姿を見た。


 

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