さよならを唄う
悠生には分かっていたのだ、全て。
いつか必ず、終わりがくる。
三成の後にくっついて、反乱軍を討伐して歩く…そんな危ない日々が、いつまでも続くわけがない。
その日が来たら、きちんと驚いて見せて、素直に受け入れよう…そう決めていたのだけど。
「うんまいなぁ!おいらずっと、おねね様の手料理を楽しみにしてただよ」
「許チョは良い子だねぇ!皆も、本当に無事で良かったよ!」
ねねと許チョのこのやり取りは、前にも見たような気がする。
円卓に綺麗に並べられた和菓子を、許チョは幸せそうに頬張っていた。
三成は相変わらず不機嫌そうで、先程から熱い茶を啜るばかりである。
夷陵から帰還した三成は、妲己への報告もそこそこに、許チョや悠生を連れてねねの元を訪れていた。
城に残ったねねは、女官や侍女達に手を貸し、自らも望んで働いているのだという。
そんなねねの傍らには、何故か黄皓が居た。
「悠生殿、その大福は私が作ったのですよ」
「黄皓どのが?」
「おねね殿に教わったのです。ぜひ貴方に食べていただきたい」
悠生が戦場に赴いている間、黄皓はねねの元で密かに料理の腕を研いていたらしい。
勧められた大福を口にすれば、ほど良い甘さと柔らかさが絶妙で、とても美味しかった。
口をもごもごさせながら感想を伝えると、黄皓は悠生の顔を見て笑っていた。
出会ったばかりのことを思い出すと、本当に、別人になってしまったかのようだ。
悠生がホウ統に捕らわれていた最中、曹丕軍は夷陵の戦いに勝利し、夏侯惇ら有力な将を引き入れることに成功した。
程なくして悠生が陣に戻ってからは、許チョには目を離したことを泣きそうな顔で謝られ、三成にはくどくどと説教をされた。
戦に勝利したから良いが、本当に危険な目にあったものだと、悠生も敵に捕まったことを素直に反省したのだ。
皆でお茶を飲んで、お喋りをして、今が乱世であることを忘れてしまいそうだ。
だがこの穏やかな時は、長続きはしない。
夷陵の戦い、その次に用意された物語は…
「おねね様、私は忙しいのでお暇させていただきます。悠生にも手伝わせたいことがあるので、失礼ですがこれにて」
「三成!もう…全然食べていないじゃない。ほら、包んであげるから持っていきなさい」
「おねね様にそのような手間を…」
がたりと音を立てて立ち上がった三成が全てを言い終える前に、ねねは嬉々として大きな風呂敷を用意していた。
いったい、どのぐらいの和菓子を作ったのだろうか…
甘いものがあまり得意ではないのか、三成は心底嫌そうに風呂敷包みを受け取った。
「どうしろと言うのですか、こんなに。一人では…」
「じゃあ、曹丕にもお裾分けしてくれるかい?」
「……、はっきり言って迷惑…ですがおねね様、ありがとうございます」
三成はぶっきらぼうに感謝の言葉を吐き捨て、驚くねねに頭を下げると、照れくさかったのか…まるで逃げるように部屋を辞す。
悠生は慌てて三成の後を追ったが、ねねが幸せそうに笑っている姿を目撃した。
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