彼方の導き手



「黄悠!今よ!」


尚香に指示され、慎重に狙いを定めていた悠生は尚香の弓を使い、夏侯淵の手…、指と弓の境目をめがけて矢を射った。
ぎゅいん!と目にも止まらぬ速さで放たれた一本の矢は真っ直ぐ飛び、見事に夏侯淵の弓に命中したのだった。

弾かれて宙に浮く、使い込まれた夏侯淵の弓。
瞬時に、自分の敗北を知った夏侯淵はチッと舌打ちをすると、衝撃を受けて痙攣する手首を押さえ、捨て台詞を吐く。


「女子供に負けるたぁ不覚だったぜ…!其処のガキ、黄悠っつったな…お前の師は誰だ!まさか蜀の糞じじぃじゃねえだろうな!?」

「……!」

「かーっ胸くそわりぃ!俺はじじぃに負けたんじゃないからな!良いか?絶対に告げ口すんじゃねぇぞ!」


それは間違いなく、同じ弓の名手として認めながらも夏侯淵がライバル視する老将・黄忠のことである。
初対面でありながら事実を言い当てられ、夏侯淵の鋭い洞察力に驚いた悠生だが、返事をする前に夏侯淵はさっさと撤退してしまった。


「また会おうなぁ夏候淵!」


にこやかに手を振る許チョだけは、夏侯淵との命を懸けた戦いに喜びを感じていたのだろう。
砦を囲んで攻撃していた敵兵達も、夏侯淵の敗走により、速やかに攻撃をやめて本陣へと撤退していった。
猛攻を防ぎきった姫達は安堵の表情を浮かべ、悠生にも労いの言葉をかけてくれる。


「黄悠、ありがとう。あなたが来てくれなかったら私、諦めていたかもしれないわ」

「黄悠様の弓、素晴らしいお手前でした!いつか手合わせを願いたいものです」

「そ、そんな…僕は何も…」


褒められることに慣れていない悠生は、何と答えて良いかも分からずに俯いてしまう。
皆の役に立ったこと、弓の腕を認めてもらえたことは嬉しかったが、些か持ち上げすぎではなかろうか。


「悠生、おいら今度は夏侯惇に会いに行くぞ?此処に居ても良いけど、一緒に来るだか?」

「は、はい!行きます!」


許チョに促され、悠生はすぐさま頷いた。
敵を撃退したからとはいえ、拠点となる砦を無人にすることは出来ない。
いつまでも悠生の身を案じ続ける尚香達を残し、悠生と許チョは南に向けて砦を出発した。

その途中、伝令兵により、曹丕が夏侯惇を打ち破ったが逃がした、との報が飛び込んできたのだ。
それは、夏侯両将を降らせるための曹丕の策である。
曹操を欠いた曹魏の結束力を見せつけ、二人に曹丕を認めさせなければならない。


「皆、曹丕様と曹操様を比べようとするだよ。腹いっぱいの世を創れるか、見るだよ」

「…じゃあ、皆で曹丕さまを守ってあげないとですね。でも今は三成さまが傍にいます。友達の存在は大きいと思います」

「そうだなぁ。おいらも頑張って曹丕様を守るだよ!」


あの気難しい曹丕を理解出来る男が、此処に一人。
素直な許チョを見ていると、不思議と心が安らぐ。
どこまでも純粋な心を持っているからこそ、他人の気持ちに敏感なのかもしれない。
悠生にとっても、許チョの存在は大きいものだった。
許チョが居なかったらきっと、三成と打ち解けることもなかったはずだ。


 

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