彼方の導き手



「黄悠!?私達のために来てくれたのね…!」

「尚香さま、稲姫さま…ご無事で…」


薄緑色に輝く弓を手にする悠生は、尚香の笑顔を見てほっとする。
だが、気を抜くことは出来ない。
まだ、周囲の敵を吹き飛ばしただけなのだ、夏侯淵率いる弓部隊が、あちらこちらに潜んでいるのだから。


「尚香さま、すぐに稲姫さまと砦の中に戻ってください。僕が許チョどのの援護をします」

「いいえ、私のことは大丈夫よ。あなたが来てくれたから、とても元気が出たわ!」

「ええ、稲も戦います。黄悠様だけを危ない目に遭わせたりはしません」


劣勢だからと言って素直に敵に背を向けられるほど、彼女達は潔くなかった。
それに、悠生の登場により、二人の魂は再び奮い立ったようだ。
少しでも元気を与えることが出来たのならば、悠生の行動は意味を成したことになる。

尚香はそれまで使っていた弓を手放すと、副将から使い慣れた圏を受け取った。
彼女はそのまま弓を悠生に手渡し、「あなたにはこっちの方が似合うわ」と笑った。
やはり、鮮やかな花があしらわれた可愛らしい弓だった。

近くに来てよくよく見たら、尚香の手は血豆が潰れて酷い有様になっている。
痛ましく、顔をしかめた悠生だが、尚香は気付かないふりをして微笑むだけ。
辛いだろうに、決して弱音を吐いたりしない彼女が、健気に思えた。
指先の感覚が失われるのは時間の問題だ。
一刻も早く、夏侯淵を撃退しなければならない。


「孫尚香、いくわよっ!」


夏侯淵と対峙する許チョの軍勢に加わった尚香は、輝く圏を手に、果敢にも夏侯淵の胸に飛び込んでいった。
カキン!と乾いた音を響かせる。
弓で刃を受け止めた夏侯淵だったが、彼の弓は非常に堅く、そのまま力を込めて尚香を押し返す。
そこへすかさず稲姫が放った矢の雨が降り懸かり、体勢を立て直す間も無く夏侯淵は再び弓を使って多数の矢を弾き返した。


「夏侯淵よぉ、曹丕様と一緒の方が、腹一杯食べさせてもらえるだよ?」

「へっ、俺は許チョみてぇに食い意地はってねぇよ!って…近ッ!?」


此処が戦場とは思えぬ間抜けた許チョの声を聞き、其方に目を向けた夏侯淵は、いつの間にか背後に潜んでいた許チョに驚き仰け反った。
此処に来てついに、優位に立っていた夏侯淵に隙が生まれたのである。


 

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