彼方の導き手



「…ならば、行け。俺は曹丕の元へ行く。策を阻止出来たのだから、本陣が落ちることはなかろう」

「ごめんなさい…三成さま…」

「言っても聞かぬのだろう?だが、決して死ぬな。生き残らなければ貴様の望みは叶わぬものとなる」


三成の言葉に、悠生は深く頷いた。
阿斗に会うまでは、死んでも死にきれない。
心の底から大切に想う彼のために、何としても生き延びねばならないのだ。
だが、阿斗の悲しむ顔は見たくない。
だから今は、尚香を助けに行かなければ。


三成の部隊が引き返すのを見送り、悠生と許チョは尚香達が布陣していた砦に向けて進軍を始める。
目的の砦に近付くに連れ、悠生は真っ暗な空に輝く無数の光が雪のように散らばって、地上に降っていくのを見た。


「あれぇ、キラキラして綺麗だなぁ。流れ星なんて久しぶりに見ただよ」

「許チョどの、あれは流れ星じゃないですよ!」


遠目から見れば美しい光景だが、あれは紛れもなく飛び交う矢の雨だった。
あの中に足を踏み入れたら体中に穴が空いてしまいそうだ。
敵は弓の名手・夏侯淵だろう。
尚香と稲姫が必死に食い止めているようだが、お姫様と生粋の武将の力量差を考えれば、いつまで守りきれるかも分からない。


(刀や槍だったら、こっちにくるまでに矢を放って対応出来るけど…相手が弓使いじゃそうもいかない)


自分の弓では夏侯淵には勝てないと、悠生は戦う前から敗北を予感する。
今までは力任せに弓を扱っていたが、夏侯淵相手に一か八か…は通用しない。
万が一、矢が命中したとしても、致命傷を負わせなければ首根っこを掴まれて終わりだろう。
では、どうやって夏侯淵を倒せばいい?
尚香達を救い、窮地を脱するには…
そうこう考えているうちに、前しか見ていない許チョは夏侯淵と戦いたい一心で激戦区へと駆けていってしまう。
悠生は慌てて許チョの後を追うが、まだ考えは纏まっていないし、心も決まっていなかった。


「おーい夏侯淵!久しぶりだなぁ!」

「おっ、なんだよ許チョかじゃないか!お姫さん達じゃあ張り合いがねえ、相手しろや!」

「いっくぞぉ!」


許チョの乱入により、それまで余裕しゃくしゃくといった様子で弓を引いていた夏侯淵の目が、二人の姫から逸らされる。
悠生が追い付いた時、尚香と稲姫は大きな怪我こそ負っていないが、精神的にも肉体的にも参っているようだった。
これでは夏侯淵に遊ばれたようなものだ。
二人の自尊心は、大いに傷付けられたことだろう。

肩で息をする彼女達に襲いかかろうと、奇声をあげて向かってくる兵卒の集団を、悠生は幻影の弓矢を数本放って足場を崩し、遠くへ吹き飛ばす。
壁や大地に頭を打ちつけ、彼らは口から白い泡を吹き、失神した。
…このまま、その胸を貫けば、真っ赤な血飛沫が飛び、人間は呆気なく絶命するだろう。
そうしなければならないと、これではただの弱虫だと分かっていても、自らの手で人を殺すことを受け入れられない悠生には、とどめをさすことが出来なかった。


 

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