星照らす夜に



「…ああっ!!そう言えば、隻眼で思い出したわ。黄悠、あなたに言っておきたいことがあったのよ!」


尚香が急に甲高い声を上げたため、悠生はびくっと反応してしまう。
隻眼というワードから連想出来るのは、己の眼球を喰らったという夏侯惇と…独眼竜・伊達政宗ぐらいだが…


「あなたが樊城で連れていた隻眼の馬が居たでしょう?あの馬、合肥の戦いで酷い怪我を負っていたけど、策兄さまに拾われたの」

「え…、じゃ、じゃあ…!」

「ええ。策兄さまは隻眼の馬があなたのものだと知っていたみたい。今はきっと、兄さまの元に居ると思うわ」


マサムネが、生きている…!
愛馬の負った深い傷を目の当たりにしている悠生には、にわかには信じがたい話だったが、事実であればこれほど喜ばしいことはない。
どうしようもなく嬉しくなって、早く会いたくて…悠生は自然と笑顔を浮かべていた。

もうすっかり、諦めていたのだ。
ボロボロになって、辛く苦しい想いをさせたのに、背を撫でて抱き締めてあげることもできなかった。
それが…妲己によって命を奪われたと思っていた愛しい相棒が、孫策に救われたというのだから。
過去に孫策は、マサムネの背に小春が乗った姿を見たことがあった。
ただでさえ珍しい隻眼の馬だ、孫策は妲己に捕らわれた悠生を哀れに想い、せめてもの報いにとマサムネを保護したのだろう。


「嬉しいです…尚香さま、ありがとうございます!凄く元気が出ました。僕、頑張って戦えます!」

「それは良かったわ。でも、無茶はしちゃ駄目よ?あなたが怪我をしたら、悲しむのは落涙なんだから。分かったわね?」


まるで過保護なお姉さん、いつも弟の身を案じていた咲良にも似た尚香の言葉に、悠生は少しこそばゆく思うも、はいと素直に頷いた。
これから戦が始まるというのに…、不謹慎だと、落ち着こうと自分に言い聞かせてもても、浮かれてしまうのだ。
此処数日の間、悲しいことばかりだったけれど、悠生は久しぶりに喜びを感じていた。
現在孫策は反逆者として追われる身であるから、いつマサムネに会えるかは分からないけれど、もう一度、一緒に大地を駆けることが出来るなんて…、夢のようだ。

尚香は幕舎を後にする寸前まで、悠生のことを気にかけていた。
ひらひらと手を振る尚香は、少しだけ寂しそうに微笑んでいた。


(尚香さま…本当は、辛いんだろうな…)


よくよく考えてみれば、可笑しな話だ。
本来なら守られる身である姫君が、あろうことか大将を任されている。
大軍を率い、纏めねばならない。
彼女の背にのし掛かる重圧は、悠生には想像すら出来なかった。
でも、きっと大丈夫だ、尚香はひとりではない。
生まれ育った時代は違っても、良き友となった…傍らに並ぶ稲姫が、尚香の助けになってくれるはずだ。

陽が落ち、辺りには黒い闇が広がる。
その時を待っていたかのように、ついに戦が始まった。


 

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