星照らす夜に
「尚香、西砦周辺の兵の配置は終了したわ。皆の士気も高まってきているみたい。早速、私たちも向かいましょう。……、そちらの御方は…?」
「稲、私の準備は出来ているわよ。紹介するわ、黄悠はね、私の大事な友達の弟なの。か弱く見えるけど、弓の腕は確かなものよ?」
幕舎に姿を現したのは、黒髪を高く結った姫武者、稲姫だった。
きりっとした表情が、彼女の意志の強さを物語っているかのようだ。
ゲームの中での話だが、稲姫は本多忠勝の娘に恥じない戦い方をし、女与一と称されるほどの弓の腕を持つのだ。
神弓を放つ黄忠にも劣らず、良い勝負が出来ることだろう。
世が統合し、共に遠呂智配下であった孫策と稲姫の主・徳川家康は、いつしか懇意な仲となっていた。
その縁か、家康は服部半蔵らを連れ、離反した孫策に付き従ったのだ。
孫策の行動は身勝手である、孫呉を裏切る行為だと指摘されればされるほど、共犯とされてしまった、敬愛する家康を思う稲姫の胸の内は複雑であろう。
しかし、稲姫は友である尚香を支えるためにと、今も遠呂智軍に残っている。
「年若いとは言え、戦場に立つからには、まことの武士(もののふ)にならなければなりません。黄悠様にはその覚悟がおありの様子…。私は稲と申します。どうぞよしなに」
尚香を呼びに来た稲姫だったが、戦場に不似合いな子供の姿に、初めは違和感を隠せずにいたようだ。
それでも、無理をしてでも戦場に立とうとする悠生を、同じ武士と認めてくれたらしい。
凛とした瞳を向けられる、それが証拠だ。
「此度の敵は、隻眼の猛将・夏侯惇と、弓の名手である夏侯淵…曹丕様と同じ、魏の将軍です。かつての仲間と戦わねばならないなんて…」
「曹丕には同情するけど、仕方ないのよ!こっちは親の命がかかっているんだから!」
「尚香、落ち着いて。…黄悠様、理不尽な戦ではありますが、今は前を向いて戦い抜いてください。いつかきっと、正しきが救われると、稲は信じております」
稲姫の言葉に、悠生も強く頷いた。
世に英雄多しと言えども、遠呂智に対抗する力を持つ者は数少ない。
目には見えない絆の力があってこそ、人々は遠呂智に打ち勝つことが出来る。
そのような非現実的な話、遠呂智自身や仙人達には到底理解出来ない話だろう。
だが…、信じさせてほしかった。
この絆が、簡単に断ち切れるはずが無いと。
離れていても、大好きな人のことを忘れずにいられる…、その人も同じ想いを抱いているはずだと、信じることが出来る。
それは愛情であり、本物の絆なのだ。
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