星照らす夜に



夷陵の戦い…、それは、劉備が義兄弟を失った怒りから引き起こした私怨の戦。
樊城の戦いの後、病死した呂蒙(関羽の呪いで亡くなったともされる)の跡を継ぎ、圧倒的な軍略で孫呉の勝利を導いたのは、陸遜である。
劉備は大敗のショックで窶れ衰弱し、病死するのだが、それよりも少し前のことだ、まだ彼が存命している事実を知らず、戦死の誤報を聞き、長江に身を投げた女性が居た。
悲しみに暮れ、自害をするはずだった。
演義にだけ描かれていた、彼女の哀れな末路。
孫夫人、孫尚香と呼ばれるその人のお話だ。


「あなた、黄悠じゃない!?無事で良かったわ…!」

「しょ、尚香さまっ!」


魏軍・三成の配下として夷陵の地に赴いた悠生だったが、戦前の軍議を終え、出陣の準備に取りかかろうとした時、同じく共闘することになっていた呉軍総大将の孫尚香と久方振りに再会した。
よほど悠生のことを心配していたのだろう、顔を見た途端、尚香は人目をはばからずに抱きついてきたのだ。
恥ずかしさに耐えられず、真っ赤になってもがく悠生を見て、三成がはっと鼻で笑うのが分かった。


「……私ね、落涙に会ったの」

「えっ…!」

「前に、本能寺でね…、彼女、織田信長に着いていくと言っていたわ…、勿論、このことは妲己も知らないわよ?落涙が狙われているのは、よく分かっていたもの…」


悠生を抱き締めたまま、尚香は内緒話をするかのように、耳元で小さく落涙についての話をする。
妲己は子守歌の力を恐れ、反乱軍に落涙を捕らえるよう命じていたそうだが、その所在は今も分かっていなかった。
三成も一度、姉の姿を戦場で見かけていたのだが、彼もまた、黙っていてくれた。

咲良は、織田信長と共にある。
ゲームだけではなく、史実の信長をも尊敬していた悠生を安心させるには、十分な情報だった。


「尚香さま…ありがとうございます…」

「良いのよ。落涙は私の友達なんだから」


にこりと微笑んだ尚香は、細い指先で悠生の髪を撫でた。
本当は、笑えるような状況では無いだろうに。
孫策が離反した結果、孫呉の立場は一気に危ういものとなった。
残された尚香や孫権が成果を出さなければ、捕らわれの身である孫堅の首が、跳ねられてしまいかねないのだ。
全ては妲己の気分次第…、このままでは孫呉が滅ぶのも、時間の問題だ。


 

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