人間性の限界



「何をなさっているのですか、おねね様」

「三成!何って、三成をずっと待っていたんだよ!」


ぱあっと眩しい笑みを振りまき、勢い良く飛び付いてきた、ねね。
主である秀吉の正室を無碍に扱うことも出来ず、三成はしっかりとねねの体を受け止める。
微かに、花のような香りがした。


「お行儀が悪いですよ、おねね様。お説教ですね」

「こら三成!あたしの真似をしないこと!」

「…ところで、おねね様は何故このような場所に?」


これでは本格的にお説教をされてしまうと危惧した三成は、話題をすり替え難を逃れた。
ねねは遠呂智軍に降ったばかりで、それほど自由を与えられている訳でもない。
一人で出歩いていれば、見張りが連れ戻すはずだろう。


「…みんな、悠生のことを、心配しているんだよ」

「…分かっています。俺もこれから見舞いに向かうところでした。様子を見てきましょう」

「でも、何だってあたしや許チョには面会を許してくれないのかね!こういうときこそ、傍に居てあげたいのに…」


ねねに、悠生の母親役を願ったのは三成だが、母性の強い彼女は心から悠生の身を案じている。
倒れた悠生は黄皓の待つ私室ではなく、ずっと奥に設置された個室に寝かされていた。
其処は妲己に認められた将しか近付くことを許されず、結果的に悠生の見舞いは三成にしか叶わないのだ。

ねねも許チョも、本当ならすぐに駆け付けたかっただろうに。
妲己の意思には逆らえず、ねねはこうして三成が通りかかるのを待っていたのだと言う。


「これを、悠生の病室に飾ってほしいんだよ」


そう言って、ねねに仕える忍びが何処からともなく持ち出したのは、控え目だが美しい花が咲く、桃の枝だった。
優しげな淡い桃色に惹かれて鼻を近付けたら、甘い匂いがふわりと香った。
先程、ねねの髪から香ったのは、この小さな花の匂いだったのだ。


「許チョが何処からか持ってきてくれたんだよ。これできっと、寂しくないよってね」

「…許チョらしいですね。承知しました。悠生の部屋に飾りましょう」

「頼んだよ!悠生に宜しくね」


それは、忘れかけていた春の香りだった。
あたたかく柔らかで、懐かしい匂いだ。
許チョがどのような想いでこれを見つけてきたか…想像すると、自然と笑みが浮かぶ。
悠生も、曹丕とは随分違うが、人に慕われる魅力を持っているのだろう。


(早く目を覚ませ。この花が枯れる前に)


ねねに預かった桃の枝を手に、三成は一人で悠生の眠る病室へ足を運ぶ。
こうして折られてから大分時間が経過したはずだが、全く花の色が褪せていない。
花瓶に飾って、目に付く所へ置いてやろう。
目覚めたときに、寂しい想いをさせないように。
…などと、気付けば寺小姓をしていたときのように、気を利かせまくっていた三成は、鼻を鳴らしてねねの発言を一蹴する。


(生きにくくなど無いだろう。俺は、この枝のようなものだ)


花を支えるためにある枝のように。
表舞台に立つ者を傍で支えるために存在するのが己なのだと、三成ははっきりと実感する。
それこそ、自分が最も輝ける生き方なのだと。



END

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