人生の行路



「ふう、漸く完成だ、少々手こずってしまった。阿斗、これは関羽のために作った草履だ。とても大きいだろう?」

「しかし父上、義叔父上は…、」

「ああ…捕らえられたその日、雲長や翼徳が現世に蘇ったと妲己に聞かされたのだ。姿を見るまでは到底信じられぬが、私はどんな形でも、再び義弟達に会えることが嬉しいのだ。だが…見ての通り、今の私には何も出来ないだろう?だからこうして、彼らを思い、草履を編んでいた…」


案外すんなり受け入れるものだな、と意外な気がした。
死したはずの人間が蘇るなど考えずとも異常だろうに…、真っ当な手段を選べないほどに、父は義弟達を可愛がっていた。
彼らの復活があったからこそ、劉備は孫呉への憎しみを封じることが出来たのだ。
単純と言えば単純…、君主としての器を疑われ兼ねないが、不思議と劉備の後には人が続き、道が出来る。


「今更だが、馬鹿なことをしたと思うのだ。私が敵討ちをしたとて、義弟達が喜ぶ訳が無い。諸葛亮の言葉にも耳を貸さずに…冷静さを欠いていた私は、愚かだった」

「それでも、父上は私怨で兵を動かされた。その事実は消えませぬ」

「そうだな…阿斗の言う通りだ。ならば、必死で謝罪をするだけだ。私は己の過ちを認め、何度でも許しを請おう。だがそれだけではいけない。皆のために何が出来るか、必死に考えよう。そう思案した結果、辿り着いたのがこれなのだ」


劉備の言葉が示すものは、沢山の草履だった。
阿斗は改めて草履の山に目を向ける。
一つ一つ真心を込め、丁寧に編み込まれた、ある種の芸術品のような草履だ。
まさか…これら全てが、劉備が将兵や民のことを想って造ったものだというのか。
父が夜な夜な編み続けていた草履こそが、信頼する皆への、想いの結晶だったのだ。
驚いて劉備の顔を凝視すれば、父はやはり笑っていた。


「これが、阿斗の草履だ。少し大きいかもしれぬが、すぐに馴染めよう。そして此方が…、尚香殿のために造ったのだ。花を射してみたのだが、どうだろうか…?」

「父上……、」

「お前も、想う者へ渡す草履を造ると良い。悠生殿や星彩へ。きっと、喜んでいただけるぞ」


何を今更…とは、言えなくなってしまった。
世に一つしか存在しない、父が自分のために手造りした、宝だ。
どうして…、ここまで他人の心を揺さぶることが出来るのだろうか。
呆れるほどに、愚直すぎるのだ。
誰に対しても正直で、他を気遣い、敬い、全てを自らの糧にする。


(大徳…、これが、そうなのか…)


阿斗は静かに、長く息を吐いた。
そしてついに意を決して、藁を手にする。
毎日のように劉備の草履造りを見学していたのだ、教わらずとも真似ぐらいは出来るだろう。


「阿斗、やはり筋が良いな。完成が楽しみだ。それは誰に渡すつもりなのだ?」

「では、私の初めての草履は、父上に」

「うむ…そうか、嬉しいぞ」


阿斗はずっと、関羽と関平のような親子に憧れていた。
血が繋がらぬというのに…、武を通して通じ合う、彼らの深い絆が妬ましく、羨ましかった。
今からでも、遅くはないだろうか。
失った絆を、取り戻すことが出来るだろうか。


(悠生、そなたも望んでくれよう?きっと、成し遂げてみせるぞ)


阿斗は生まれて初めて、自らの足で父に歩み寄ろうと決意した。
今は遠き友に、密かな誓いを立てる。
そして、阿斗は草履造りに没頭し始めた。
悠生のために、星彩のために、徳を信ずる蜀の全ての者達のために。



END

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