人生の行路



阿斗が慶次から聞き入れた情報は様々だ。
成都城を急襲され、バラバラになった蜀の将兵達は、遠呂智に降った者も居れば、反乱軍として抵抗を続けている者も居るという。
趙雲が率いる反乱勢力に遠呂智軍が手を焼いていることや、逆に諸葛亮が多くの反乱軍を討伐していることなどを聞かされた。
だが、阿斗は知り得た情報を、劉備には何一つ明かしていなかった。
いつかは知れてしまうのかもしれないが、わざわざ自分の口から伝えたくはなかった。
あれほど頼りにしていた諸葛亮が遠呂智軍に従っていることを知れば、劉備は己を責めるだろう。
誰よりも民や家臣を大事に思う人なのだ、そう、誰よりも…家族よりも。


「正直、伝えるか迷ったんだが…あんたの友達っていう悠生さんが、戦で傷を負ったらしい」

「まことか!?なんと、悠生が…、容態はどうなのだ!?傷痕が残るようなことがあっては…!」

「慌てなさんな。肩を槍で一突きされ、重傷だったらしいが…幸い、命は取り留めたそうだ」

「くっ…あやつが苦しんでいるというのに…私は何も出来ぬのか…!」


最も親しい悠生の負傷を知り、興奮して慶次に掴みかかった阿斗だが、同時に無事を聞かされれば、一気に熱が冷める。
悠生が妲己の命令により、戦場に駆り出されていることも、慶次から聞いていた。
武芸を全く嗜んでいないはずの悠生が、妲己の身勝手により、あちこちに引きずり回されているというのだ。
阿斗はじわじわと湧き上がる怒りを押さえようと、慶次の服を掴む手に力を込めた。


「悠生さんの怪我、遠呂智が治したんだ」

「遠呂智が?まさか、そのような…」

「いいや、俺は目の前で見たのさ。ぐったりして戻ってきた悠生さんに、遠呂智は己の力を注いでいた」


遠呂智が悠生の命を救った、それは感謝すべきことかもしれないが、悠生が傷付いたのは元はといえば世を乱した遠呂智が原因である。
怒りを抑えようとわなわなと震える阿斗を見て、慶次は困ったように苦笑いをした。


「悠生さんも大事な人質だ。悪いようにはしないさ」

「……、それでも私は…悠生を苦しめた者を許すことが出来そうにない…」

「はっは!相当入れ込んでいるんだねぇ。可愛らしいこった!」


阿斗はむすっとしたまま、慶次の長いもみ上げを指に絡め、引っ張ったりいじったりして良いように弄んだ。
悠生の髪とは、色も手触りも違う慶次の髪。
行き場の無い怒りを携え、どうしようもなく、苛々していた。


「おっと、長居しすぎたようだ。そろそろ俺もお暇するぜ」

「前田殿、また私と…、遊んでいただきたい」

「ああ、勿論だ!」


もっと悠生についての話を聞きたかったが、慶次も流石に暇ではないのだろう、大きく手を振り帰ってしまった。
話し相手を失い、静かな空間に取り残された阿斗は、重い腰を上げ、奥の部屋へと戻った。

いつまで、同じ日々が続くのだろうか。
義元と蹴鞠をし、慶次と語らい…、そして残りの時間は、無意識に距離を置いていた、実父と過ごさなければならないのだ。
成都に生きていたときには考えられないほど、父との時間が増えた。
だが、阿斗は自分がどうしたら良いか、分からないでいた。
今より幼い頃からずっと、父が苦手だった。その気持ちは今も、変わらないはずなのだが…己に力が無いことを理由に、阿斗は劉備に劣等感を抱くばかりだったのだ。
…今更、どんな顔をして話をすれば良いものか。


 

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