溢れる激情



「う、うわ…、いたっ!」


顔面から大地に激突した悠生は、鼻先や前歯を打ち付け、痛みに悶えるばかりだ。
しかし成都は既に戦場、いつまでも無防備に仰け反ってはいられない。
涙目になりながら顔を上げた悠生だったが、目の前で繰り広げられる槍使いの一騎打ちに、言葉を失った。


(趙雲どの…!)


突然の別れから既に幾日、久しぶりに目にした趙雲の勇ましい姿に、自然と涙が出そうになった。
妲己の力による転移の術で、悠生は戦場のど真ん中に落とされてしまったのだ。
趙雲との距離はそれほど開いている訳では無かったが、彼らはまだ悠生の存在に気が付いていない。
だが、妲己は自分にどうしろと言うのか。
趙雲の味方をしたり、彼に付くことは許されない、だとしたら、更なる混乱を招くためだけに連れてこられたのだろうか。


「あ…っ」


視線が、交わってしまった。
大きく目を見開いたのは…、趙雲だった。


「隙有り!」

「っ!しまった…!」


悠生の登場に気を削がれてしまった趙雲の僅かな隙を見逃さず、幸村の槍が趙雲の槍を薙ぎ払った。
受け身は取るが、逃げ場は何処にも無い。
膝を突いた趙雲に、幸村の槍が突きつけられる。


「我が焔の槍で、大人しく眠られよ!」

「くっ…!」


振りかざされた幸村の槍が、陽の光に煌めく。
駄目だ、と叫びたかったが、声にならない。
趙雲が幸村の手によって殺される…、そんな悪夢は見たくないのに!

悠生は考えるよりも先に、幻の弓を形作って、狙いも定めず幸村に向けて矢を放っていた。
びゅんっと見当違いの方向に飛んでいったが、少しだけ、幸村の注意を逸らすことは出来たようだ。
それでも、一本の矢に構ってはいられないのか、彼の槍は今にも趙雲の喉を突こうとする。
何としても、止めなくては。
趙雲を死なせたくない一心で、悠生は思い切り地を蹴り、二人の間に飛び込んだ。
自分の命など、省みることもせずに。


「――やめて、幸村っ!!」

「なっ…?」


まさか戦場で、子供の声で名を呼ばれるとは思わなかったのか、幸村の視線は此方に向けられる。
だが、振り降ろされた槍は止まらずに、間に割って入った悠生の肩に、深々と突き刺さってしまったのだ。


(っ……!)


肉に刃がめり込む音を、間近で聞いた。
瞬時に、全身が燃えるように熱くなった。
痛い、と感じることが出来ないほど。
衝撃で崩れ落ちる悠生は、地に伏せる寸前、酷く傷付いた顔をする趙雲を見た。


「…ちょ、趙雲…、どの…」

「悠生殿…!!ああ、何故このような…!」


噎せ返りそうなほどの血のにおいがする。
あたたかさを失い、冷たくなっていく悠生の手のひらに、趙雲の大きな手が触れたような気がしたが、もう、何も分からない。
…でも、きっと二人の争いは止められたはずだ。
死ぬかも、とは思ったが、不思議と恐怖は感じなかった。
ただ、余計なことをして、妲己に怒られるのではと、悠生は意識を失う寸前まで、人質となっている阿斗の心配をするのだった。



 

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