始まりの夜明け



「此処で私に殺されたくはないだろう?事実、貴方は死にたいとは思っていない。抵抗してみせたのだから」

「……、」

「…全く。貴方は奇跡的にも生きているのだ。命を粗末にするものではない」


悠生は無言で趙雲を睨み付けたが、彼の微笑みは完璧なもので、どうあらがっても、自分が負けるのは目に見えている。
いつの間にか敬語を使われなくなっていたが、その子供に言い聞かせるような、優しげな物言いが、…複雑であった。
完全に、逃げ場を失ってしまった訳だ。
いくら世界に絶望しても、趙雲が見ている限り、舌を噛んで死ぬと言う選択は不可能となった。

やっと呼吸が落ち着いて来た頃、趙雲は懐を探り、悠生に手を差し出した。
軽く握られた手のひらが開かれ、そこに見えたのは、小さな緑色の指輪だった。


「あ…っ」

「貴方がずっと握り締めていたものだが、無くなっては困ると思い、一時、預らせてもらった。お返ししよう」

「……、あ、ありが…と…」


今では形見となってしまった美雪の指輪。
鮮やかだったはずの緑色が、やけにくすんで見えた。
悠生はきゅっ、と指輪を握る。
こうして、彼女が存在した証は残っているのに、肝心の美雪にはもう二度と、会えないのだ。


「美しい翡翠玉だ。貴方によく似合う」

「…似合わない。だって僕の物じゃない」

「では、美雪殿の?」

「……、」


脳裏に蘇る、美雪の優しげな表情。
それと重なる、咲良の笑顔。
…もう、どちらも取り戻せないもの。
あまりに辛い現実に、趙雲の問い掛けに答える余裕も無かったが、意地を張って無視していると思われても仕方がないので、小さくと頷く。
くすんだ色は、輝きを取り戻しそうにはなかった。

今にも泣き出しそうな悠生に気が付き、趙雲は「すまない。余計なことを言った」と謝罪を述べる。
この人が謝る必要など無い。
姉達が此処に居ないのは事実なのだから。


「僕には、なんにも残っていないんだ。この世界は怖い…僕の大切な人を奪っていくから…もう嫌だよ!寂しいのも…我慢するのも…いやだ…っ!」

「悠生殿、」

「馬鹿者。悠生よ、そなたにはこの私が居るではないか」


胸の内に隠していた本音を叫んだ時、返事をくれたのは趙雲ではなく、眠っていたはずの阿斗だった。
驚く暇もなく、後ろからぎゅうっと抱き締められてしまう。
まるで、離さないとでも言うかのように。
今はまだ未発達な子供の腕だが、阿斗はいつか、立派な青年に成長するのだろう。
…これほどあたたかい熱を与えてくれる人が、暗君と呼ばれてしまう、そんな世界は…もっと辛いし、悲しい。


 

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