溢れる激情



「ふうん…趙雲さんって、ああ見えて意外に脆いのね」


にやにやと、妲己は艶っぽい唇を舐めながら呟く。
ぞくぞくしているのだろう、他人の苦しむ姿が、妲己にとっての快感になるのだ。
だが趙雲は劣勢から脱しようと、一度幸村から離れ、ついに幻影に向かって槍を投げ付けた。
偽物の持っていた矢がばらばらと辺りに散らばる。
地面に手を突き、倒立回転した趙雲は、地に突き刺さった槍を拾い、再び幸村へ立ち向かう。
これに喜ぶは妲己だ、こうでなくちゃ面白くないと、一人ではしゃぐ。

戦場で華麗に槍を振るう趙雲は、凛々しくてかっこいい。
しかし、鮮やかな趙雲の戦いぶりに、悠生は息が詰まりそうになった。
あれは偽物だと分かっているのに、まるで自分自身が、趙雲に槍を向けられたかのようで…。


(……!趙雲どのや幸村を惑わせるためじゃない、僕と三成さまの心を揺さぶったんだ…!)


三成は既に、妲己の思惑に気付いている。
だが悠生は、悲しみや怒りを押さえ込めるほど大人にはなれない。
震えが止まらず、耐え難い寒気に襲われた。
きっと顔は真っ青になっているだろう、気を抜けば、立ったまま気絶してしまいそうだ。


「悠生」

「だ、大丈夫です…ごめんなさい…」

「構わぬ。あの趙雲という男は、特別なのだろう…?」


どき、と心臓が跳ねた。
凍えそうだった体が少し、熱を持った。
今にも倒れそうな悠生を心配して声をかけてきた三成は小さな声で問うが、悠生は思いも寄らぬ自身の反応に戸惑うばかりだ。
何一つとして否定する必要は無い、趙雲が特別な存在なのは、紛れもない事実なのだから。


「へえ…面白いこと聞いちゃった!趙雲さんも持ち直したみたいだし…」

「おい、貴様…悠生に何をさせる気だ…」

「うふふ、三成さんに、もっと面白いものを見せてあげられるわ!」


三成の言葉を聞き、何かを企んだ妲己は、その細腕で震える悠生の首根っこを掴み、宙に浮かばせた。
まさか…、嫌な予感がしないでもないが…
恐怖に何も言えないでいる悠生にはお構いなく、彼女はもう片方の手で異空間への入り口を開き、可愛らしく「それぇっ!」と叫ぶと、穴の中へ思い切り悠生を投げ込んだ。


「悠生!」


三成の叫びも、既に遠い。
津波に呑み込まれたかのように、体がぐるぐると回転し、気持ちが悪い。
ただ、妲己の声が直接、頭の中に響いた。
「反乱軍に降ろうなんて考えたら、阿斗さんの命はないわよ」と、恐ろしい言葉を突き付けるのだ。


 

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