溢れる激情



悠生は懐かしい場所へと帰ってきた。
旅立つ前と何も変わらない…とは言い難いが、成都は阿斗や皆と暮らした大切な故郷なのだ。
だが、此処に以前のような幸せは、ひとつも無い。
悠生の心はずっしりと重く、三成が向ける心配そうな視線にも気付かなかった。


「くす、始まってる!見て見て三成さん!」


残酷なまで、妲己は無邪気に微笑む。
彼女の武器である妖玉…、それに、戦場の様子が鮮明に映し出されている。
人間同士が争い合う、悲しい光景だった。
戦場の音や声は聞こえないが、三成は玉に映る映像に友の姿を見て、僅かだが目を見開かせた。


「幸村…?これは、どういうことだ」

「亡者が城の付近をさ迷っている…って偽りの報を流しておいたの!そうしたら大成功!真田幸村さんは城を急襲する亡者を撃退しようと奮戦中!反乱軍の同士討ちを狙ったって訳よ」

「……!なんと悪趣味な…」


三成は顔をしかめるが、妲己は気にするそぶりも見せない。
成都城に籠城していた真田幸村と争うのは、同じく遠呂智に抗う反乱軍であるはずなのに、彼はそのことに気付いていないのだ。
生真面目で心優しい幸村を利用した、妲己らしい卑劣な作戦である。

映像にはまだ、劉備が成都に居ると聞きつけやってくるはずの趙雲の姿は見えないが…、本来なら、少しも心配する必要は無いのだ。
これがゲーム通りの展開ならば、幸村は趙雲と槍を交え、彼が生者であることに気が付くはず。
悠生の不安要素となっている、ゲームと違う箇所はただ一つ…、悠生自身の存在であるのだが。


「…わざわざ連れてきておいて、俺や悠生は、傍観に徹しろと言うのか」

「だって、昔のお友達と争いたくないでしょう?だから、此処で私と一緒に楽しみましょ?」

「……、」


親切心…?いや、彼女は何か企んでいる。
三成や悠生の忠誠心を試すだけが目的ではないのは明らかだろう。
悠生は玉から目を逸らし、俯いた。
見たくもない現実から目を背けるかのように。
何事もなく済めば良いが…、胸の辺りから、言いようのない不安が消えることはなかった。

祈るように、悠生は長い時が過ぎるのを待っていた。
妲己の玉には奮戦する幸村の姿ばかりが映し出されていたが、ついに、見慣れた人物の顔が映った。
成都城内の兵と刀をぶつけ合う蜀の将達…、彼らも、親切にしてくれた大事な人達だ。
お願いだから、皆を傷付けないで…。
そして、まるで互いに惹かれ合うようにして幸村に向かい合う、趙雲の姿を見た。


(ああ…趙雲どの…!)


心の中で、悠生は悲痛な声で叫ぶ。
痛いぐらいに手を握りしめた。
どくどくと、胸が痛いほどに鼓動する。
苦しくてよろめいてしまったが、何とか踏ん張って倒れずに済んだ。

志を同じくする二人が争うなんて、あってはならないことなのに。
すぐ其処に趙雲が居るのに、助けることも、声をかけることさえ出来ないなんて。


 

[ 267/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -