悪意ある運命
先の戦で、遠呂智軍の元にある魏軍の石田三成の元に降ったのは、結局、敵総大将として多くの忍びを率いていたねねのみだった。
半蔵やくのいちは遠呂智には従えないと逃亡し、小太郎は混沌がどうとか呟いて霧のように消えてしまった。
それでも、妲己を悩ませていた反乱軍を一つ潰すことが出来たので、結果的に彼女の機嫌を損ねることはなかった。
「はい!たんとおあがり!」
皿に山積みにされた手作りの団子を前に、キラキラと目を輝かせる許チョがいた。
懐かしい甘い香りに、悠生も自然と団子に釘付けになる。
エプロンや割烹着が人一倍似合いそうな、誰に対しても母性溢れる女性・ねね。
幾日も過ぎぬうちに、すっかり魏軍に溶け込んだねねは、和食や和菓子を振る舞っては、皆が心を許せる母のような存在になっていた。
特に許チョは、餌付けでもされたかのように、ねねによく懐いている。
今日も、ねねの手伝い…団子の乗った皿を運び、共に悠生の部屋を訪ねてきた。
強面な猛将が揃った遠呂智軍には似つかわしくないねねの姿に、初めは黄皓も面食らったが、すぐに慣れたようだ。
「おねね様は本当に料理上手だなあ!おいら、倭国の味が大好きになっただよ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるねえ!ほら、悠生も黄皓も食べとくれよ」
「…では、遠慮なく頂きましょうか。悠生殿、これで手を拭いてからお食べになってください」
日々、人の心は移り変わっていく。
人数分の茶を煎れていた黄皓も悠生のお世話係が板に付き、違和感の無い様子で手拭いを差し出すのだ。
有り得ないような現実だから、面白い。
此処に阿斗が居たら…もっと楽しいのに。
これが僕の故郷の味だと教えたかったな、と思いながら、手を拭いた悠生は「いただきます」と美味そうな餡の団子を口にした。
「わっ…!甘くて美味しいです…こんなに美味しいもの、久しぶりに食べました!」
「それは良かったよ!本当、二人とも素直で良い子だね。それに比べて三成ときたら…、あの子は仏頂面で団子を頬張るんだよ。全く、貴方達ぐらい素直になってくれたらあたしも嬉しいんだけどねえ…」
「残念ですが、柄じゃありませんので」
ねねは独り言のつもりで呟いたのだろうが、すぐさま三成の不機嫌そうな声が返ってきた。
皆が一斉に声のした方を見ると、扉の前に、呆れ顔で立っている三成が居る。
黙って他人の部屋に侵入するとは失礼な…、と黄皓は小さく文句を言ったが、三成には聞こえなかったのか、聞き流したのか…
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