誇り高き御心



悠生は徐晃にくのいちの相手を任せ、許チョの元へ戻った。
本陣を襲う脅威は、残すところ愉快犯のくのいちと雑兵のみ…、見れば、三成は一向に動かない董卓の尻を蹴っているところだった。


「何をする虫螻め!わしを誰だと…」

「これは失礼。足が滑ってしまいました」

「ヌケヌケと…、わしは女のような顔をした男が一番大嫌いじゃ!貴様もその餓鬼も、地獄へ墜ちれば良い!」


董卓に喧嘩を売った三成は鼻で笑う。
怖いほど負ける自信が無い、と言ったところだろうか。
飛び火を受け、悠生も身構えるが、今此処で董卓が離反したとしても、将兵は間違い無く三成に従うだろう。
今の三成は、それだけの人望を得ている。

董卓は悔しそうに歯軋りし、捨て台詞もそこそこに、再び幕舎に籠もってしまった。


「フン。本陣の守備は引き続き張遼と徐晃に任せよう。…あの忍びは好かん。許チョ、悠生、俺と共に来い!」

「分かっただよ!悠生、行っくぞぉ!」


…物語は、いろいろと改変されているけど、きちんと前に進もうとしている。
許チョと三成の優しくも強い意志を秘めた眼差しに、悠生も深く頷いた。


(皆、僕を仲間だって思ってくれてる…、命令だから、かもしれないけど…)


だが、三成の気持ちに応える理由にはなる。
今はだけ、姉を誘い出す餌として戦場に連れられたことは、忘れよう。
この人達のために戦い、勝利を導くのだ。



漸く辿り着いた本陣の前は人気もなく、何かしら罠が仕掛けてあるのではと予感出来るような異様さである。
門を守備する兵さえ居ないのは変だ。
三成と許チョは慎重に軍を進めたが、次に現れた忍びの姿に、目を丸くせずにはいられなかった。
悠生だけは予想通りの展開に安心するも、…今まで以上に、一筋縄ではいかない相手だろう。

個性的な忍び集の中では珍しく、律儀に忍んでいる忍び、服部半蔵。
もう一人は遠呂智配下と見紛う異様な容姿をした、風魔小太郎だ。


「徳川と北条の忍びか…ちっ、面倒な奴らを従えたものだ…」


三成は鉄扇を開き、攻撃体勢を取った。
二人を倒さなければ本陣の門は開かない。
特に小太郎は捨て置けば後々厄介なことになる。
ここで討つか、説き伏せ仲間に加えるか…


「忍法・口寄せ…」


半蔵の低い声に反応し、至る所から同じような姿をした忍びが湧き出てくる。
体力は弱いが、圧倒的な数で攻めてくる。
しかも、素早い。
速さに追い付けない許チョは、悠生と三成を敵の攻撃から守ろうと前に出る。
両足でぴょんと跳ぶと、体重を利用して地響きを起こし、敵の足場を崩していた。


「悠生、己の身を守れ!余裕があるなら敵を蹴散らすのだ!」

「は、はいっ!」


三成の指示を受け、悠生は馬上で、自分に出来る最高の速さで矢を大量に連射する。
勿論、相手に傷を付けない幻の弓矢だ。
忍び達は一度吹っ飛ばすだけで姿を消すが、次から次へと湧き出る半蔵の術は、本人を倒さなければいつまでも続くのだ。
殺せ、ということではなく、どうにか戦意を失わせれば良いのだが…


「クク…此処にもまた…混沌が…」

「いっ……!」


吐息混じりの囁き声を耳元にし、ぞっとして心臓が止まりそうになる。
身を隠し、いつの間にか接近していたらしい小太郎が、音もなく顔を覗き込んできたのだ。
びくりと肩を震わせた悠生は反射的に、彼の額めがけて矢を放ってしまった。
人間には絶対に当たらない、すり抜けてしまうはずだったが、緑色の矢の先端は小太郎の頬を掠り、白い肌に一筋の鮮血が流れる。
信じられず、悠生は我が目を疑った。
常々人間離れしているとは思ったが、小太郎の中身は、遠呂智軍の面々と同じということなのか。


 

[ 261/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -