誇り高き御心



「ええい!早くわしを守らんかぁ!」


己の安全が保障されればそれで良いのか。
偉そうに叫びながらも董卓が武器を持って戦った様子は見えない。
本陣は最早壊滅寸前…
それでも持ちこたえていたのは、張遼が必死に戦っていたからだ。
ただ本陣を守るだけなら造作もなかったはず、張遼の負担になっていたのは、前代未聞の足手まといな総大将のお守りである。


「三成殿!救援、かたじけない。面目もござらん」

「屑が張遼の足を引っ張ったことなど分かっている。遊軍は叩き起こした。まずは本陣の敵を一掃するのだ!」


三成達と本陣に戻った悠生は、董卓の腹に矢をぶち込みたくなる衝動を押さえ、南門周辺を襲う忍びに向けて弓を構えた。
僅かな時間で狙いを定め、矢を放とうとした瞬間、目の前に揺らめく影に気が付く。
…真上に、忍びがいる。
とっさの判断で、弓を天に向けて引くが、矢は的外れな方向に飛んでいってしまった。


「ドロン!可愛いおチビちゃん、あたしが遊んであげる!」

「……!」


この今時の女の子、といった喋り方をするのは…真田幸村に仕えていたくのいちだ。
鮮やかな桃色の忍び装束を身に纏うくのいちは、高い身体能力を生かして跳び、手にした苦無を容赦なく投げつけてくる。
身長は悠生の方が明らかに高いのだが、外見だけで判断され、馬鹿にされているのは明白だった。
悠生は素早く光輝く矢をぶつけることで苦無を弾き飛ばしたが、くのいちはにんまりと笑い、両手にいっぱいの苦無をちらつかせた。


「へえ、見かけによらずやるじゃない?でも、これはどうかしらん。くっらえー!」


煌めく刃に悠生は狼狽える。
これは流石に…、あれほど大量の苦無を全て跳ね返せるだろうか。
発生する風圧で飛ばすことも考えたが、数が数、使えない技だ。
兎に角、弓を構えたが、僅かでも躊躇しては、狙いを的確に定めることが出来ない。
無邪気に凶器を振りかざすくのいちだったが、苦無がばらまかれた時、間一髪、徐晃の斧が悠生を庇った。


「悠生殿!許チョから離れてはならぬ!此処は拙者が受け持つでござる!」

「あ、ありがとう…ございます…」


くのいちの苦無から救ってくれた徐晃だが、彼の厳しい視線は目の前の女忍に向けられていた。
一見したら悠生とそう年も変わらない少女だが、戦慣れしている彼女の気迫は並々ならぬものがある。
此処は戦場…、女も子供も関係ない。
人を傷つけるための武器を持った時点で、甘えは捨てなければならないのに…、悠生にはそれが出来なかった。


「貴公もそれなりの修練を積んでいるようだな」

「場数もね?」


くすっと笑う少女の手は、目に見えない血で汚れている…、彼女はそのことに違和感を持っていない。
慣れすぎてしまったのだ、乱世に。
くのいちはこの修羅場を楽しんでいるようにも見えた。
本気で戦に臨んでいる者など、両軍を捜しても、誰も見付からないかもしれない。
これは、悲しい戦。
だからこそ早く、戦を終わらせなければならないのだ。


 

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