始まりの夜明け



「その子供は激しく嘔吐し、意識を失った後に高熱を出しました。私が救出に向かった際、姉と思われる女性の遺体が傍らにありましたので…恐らくは…」

「このような純真な子供には、慕う者の死を受け入れられることなど出来なかったのだろう…」


それならば、まだ乾ききっていない赤色は、美雪と名乗った女性…彼女の血だ。
悠生は間近で、愛しい者の命の灯火が消える瞬間を目撃してしまったのだ。

どれほど恐怖したことか!
いつ自分が賊に襲われるかも分からない、逃げ場も無く、じわじわと死を待つばかり。
血の匂いに酔い、迫り来る地獄に怯え。
争いとは無縁に生きる子供の心を壊すには、十分すぎる惨劇であろう。


(私が、もっと早く阿斗様に諾の返事をしていれば…)


条件を満たせば、悠生殿の師となりましょう…そのような口約束を交わした。
阿斗の努力は分かっていたのだ、早々に悠生を城へ招いていれば、これほどの苦痛を与えずとも済んだはずだ。

精神的な苦痛から伴う高熱。
看病を続け、熱が下がったとしても、脳が負担を軽くするために意識的に記憶を消したり、人格が変わるという現象も有り得ないことではない。


「趙雲殿、此処をお任せしても宜しいでしょうか」

「あ、ああ。承知した」


幕舎から出て行く星彩の背中を見送る。
こうして救援に駆け付けたは良いが、既に己の出る幕は無かったと…、趙雲は弟子の手際の良さに感心するばかりだった。
ただ、何度となく思うのは…、やはり阿斗の想いを知っていた自分が、悠生を救ってやりたかったということだ。


(今は悔やんでも、仕方がない)


握り締めたままの冷たい手を温めようと、趙雲は悠生の手を己の手のひらで包み込んだ。
そう、後悔しても意味がないのだ。


(早く、目を覚ましておくれ…。阿斗様のため、そして、私のためにも)


あまりにも残酷な、過酷な現実を受け入れられず、彼は大粒の涙を流すかもしれない。
だがきっと、応えてくれるはずだろう。
理由は無いが、趙雲には自信があった。
阿斗の隣に悠生が居る…、それがいつしか、当たり前の光景となるような気がしたのだ。


 

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