恐怖の向こう側



「悠生さんが反乱軍の首を取れなくたって、そんなのはどうでも良いわ。私はね、悠生さんを使って落涙さんを捕まえたいだけ。だから、悠生さんが遠呂智様の、三成さんの軍に居ることを世に知らしめることが出来ればそれで良いのよ」

「…その落涙とやらは何者だ?」

「悠生さんのお姉さんで、遠呂智様を眠らせる子守歌を奏でられるのよ!早く手を打たなきゃ大変なの!悠生さんが戦場に出ていたら、弟を心配して自ら姿を現すはず。そういうことだから、宜しくね?三成さん」


要件を話し終えた妲己は、軽い足取りで部屋を後にした。
その場に残されたのは三成と、悠生と血生臭い青年の遺体だけ。
長い間、重苦しい沈黙が続いていたが、静寂を打ち破ったのは三成の方だった。


「貴様の姉は、本当に遠呂智を封じることが出来るのか?」

「皆が…そう言っています…だけど…お姉ちゃんはまだ、子守歌が何なのかを知りません…」

「…そうか。ならば急ぐ必要もあるまい」


ゆっくりと顔を上げた悠生だが、三成の冷たい視線を受けた途端、過酷な現実を突き付けられたような気がして…前を向くことも出来なくなり、強く唇を噛み締めた。
期待などされなくったって良いから、戦場になんて行きたくない…、そのような我が儘が通用する相手でないことは分かりきっている。
ただ、咲良をおびき出すための餌となるだけ。


「子供だからと言って情けはかけぬぞ。俺は甘い奴が大嫌いだ」

「はい…三成さま、宜しくお願いします」

「…フン」


三成は煩わしそうに鼻を鳴らすと、悠生を残して出ていってしまう。
彼もまた妲己はに逆らえず、仕方なく悠生を受け入れることに決めたのだ。
だからこそ、不快でしかないのだろう。
悠生は三成のような…冷たい目をする人が苦手だ。
嫌と言うほど浴びせられた視線が、もう二度と感じたくなかった孤独感をまざまざと思い出させる。


「悠生殿…?」


外で待っていた黄皓が迎えに来てくれたが、室内の惨状と悠生を見て、顔をしかめた。
彼の指がそっと頬をなぞったことで、悠生は初めて、自分が涙を流していたことを知る。


「妲己様に?それとも石田三成に泣かされたのですか?」

「違うんです…ただ、寂しくなっちゃって…、黄皓どの…僕…早く帰りたいっ…!こんなのばっかり…いやだよ…」


今、思いの丈を素直に打ち明けられるのは、この男しかいなかった。
黄皓の胸に顔を埋めて、悠生は泣いた。
何も聞かず、嫌がりもせず、黄皓はただ傍に居てくれた。

阿斗は、悠生が人を殺したことを知っても、以前と変わらずに受け入れてくれるだろうか。
…やはり、軽蔑されてしまうだろうか。
嫌いだと言われることが怖かった。
だが、今は不安を消し去ることなど出来ない。
明日も見えない濁った今日を、何とか生き抜いていかなければならないのだから。



END

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