恐怖の向こう側



「血も流さずに命を奪っちゃうんだから相当のものよね。でも実際、遠呂智様の兵を傷つけられても困るのよねえ…その綺麗な弓では人は殺せないみたいね。なら、他の弓はどうなの?」


妲己が、これだけで終わらせてくれるはずがなかった。
間を置かず、もう一人の青年を殺せと命じたのだ。
彼女が用意した一般的な弓を使えば、間違い無く人間の命を奪うことが出来るだろう。
尚香と建業城で弓を扱った時もそうだったが、悠生はこの力を得た際に、総合的な弓道の能力も上がってしまったようなのだ。
黄忠ならば、きっとに褒めてくれただろうに…、人を殺さなければならない悠生には、素直に喜ぶことも出来ない。

赤い舌を出して唇を舐めた妲己は、躊躇う悠生を急かすようにして、適当な弓を押し付ける。
彼女の蛇のように鋭い目が、悠生にとっての最大の残酷を突き付け、殺人的行為を促す。
罪も無い人を殺すために、弓を引かなければならない…彼女に従わなければ、大事な人を守れないと言うのだから。


「や、やめてくれぇ!私には妻も子も…」

「ごちゃごちゃ煩いんだけど!黙ってよ!悠生さん、早くしないと私、怒るわよ」

「っ……、」


恐怖に叫び、無意味な抵抗を繰り返す青年を怒鳴りつけた妲己は、続けて悠生にも怒声を浴びせる。
どう足掻いても、妲己に逆らえるはずがない。

悠生は半ば投げやりに弓を構え、はっきり狙いを定めることもなく、たった一本の矢を放った。
ぎゅんっと風を切った矢の先端が強く輝き、瞬く間に青年の胸を貫いた。
涙の溜まった目を閉じても、もう意味が無い。
殺してしまったのだ、この手で…。
人の命が消える音を、悠生は初めて耳にした。


「どう、三成さん。これを見ても悠生さんは戦力にならないと言える?」

「はっ…、ああ、全く使い物にならんな」

「どうして!?何が気に入らないっていうのよ!?」

「考えてもみろ。たった一人を射殺すだけで震え上がるようなガキが戦場に立ったとして、何の意味を成す?力があったとてそれは一時のみ、それでは無意味なのだよ」


的を得た三成の意見に、妲己はうっと言葉を詰まらせるも、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
三成を嫌々ながらも納得せざるを得ない理由を、妲己はいくつも用意していたのだ。


 

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