恐怖の向こう側



「はーい、じゃあ例の人たち連れてきてちょうだいっ!」


ぱんぱんと妲己は手を鳴らし、それを合図に、遠呂智兵が奥の部屋から二人の男を引き連れてきた。
一人は不健康そうな灰色の肌をした遠呂智兵で、もう一人は一般的な兵卒と思われる青年だった。
だが…何やら様子がおかしく、二人ともに、後ろ手に縄で縛られているのだ。


「悠生さん。この人たちは遠呂智様に無礼を働いたの。つまり、罪人なの。だからあなたが弓を引いて殺しちゃってくれる?」

「え…っ…」

「ほら、悠生さんのために弓も用意してあげたんだから。お好きなのを選んで良いのよ」


人の命を何とも思わず、平然と言ってのける悪女に、悠生は表情を強ばらせた。
いつの間にか悠生が得ていた力とは、人には通用しない輝く緑色の弓矢を生み出すこと。
だから、妲己は確かめておきたかったのだろう。
罪人とされた遠呂智兵と青年を射殺すことによって、幻の弓と普通の弓、悠生が手にした時の、それぞれの威力と効力を、明らかにしたいのだ。


「そんな…、人を傷つけるなんて、僕には…」

「くすっ…私に逆らっても良い訳?あなたの大事な阿斗様、いたぶっちゃうけど?」

「っ……」


にやにやと笑いながら、恐ろしいことを平然と告げる妲己に、悠生は泣きそうになりながら首を横に振った。
阿斗の名を出されてしまえば、逆らえるはずがない。
そんなふうに脅されてしまっては、人を殺せという命令であっても、嫌だなんて言える訳がないのだ。
強く唇を噛みしめた悠生は、細い跡の残る指先を見つめて、強く祈り…光の粒子で出来た弓と矢を形作った。

…遠呂智兵は、人とは異なる存在だろう。
人と同じように痛みを感じる生き者ではあれ、人間を射殺すよりはまだ…、己が背負うことになる罪は、軽くて済むだろうか。


「ごめんね…」


謝ったって何の意味も無いのだけれど。
弓を構えた悠生は、慎重に遠呂智兵に狙いを定める。
しなる細い弦が、きらきらと輝いて見えた。

ひいぃ!と悲鳴を上げて酷く取り乱す二人を、妲己は罪人と言ったが、遠呂智に意見するぐらいなのだから、きっと真っ当な心の持ち主なのだろう。
目を逸らしては急所を外してしまう。
せめて、苦しませないように…、ぎりぎりと音を立て、ついに悠生は弓を引いた。
光を纏う矢は、真っ直ぐ、心臓に飛び込んでいく。

その瞬間を見ていたくなくて目を閉じたら、苦しげな悲鳴は一人分…遠呂智兵のものだけが聞こえた。
いとも簡単に命を奪われ、力なく倒れた遠呂智兵は…ぱあっと小さな光の粒になって消えてしまった。
遠呂智によって生み出された者の遺体は残らない…、残ったのは罪悪感と、耐え難い苦痛だけだ。


 

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