彼の眠る萌芽



「奉先様!どうしてこのようなことを…」

「貂蝉、俺を責めるのか?折角お前のために、この餓鬼を連れてきたというのに」

「私のため…何故…?」


呂布の意味深な言葉を聞き、貂蝉は表情を強ばらせる。
それは悠生も同じで、目元を濡らしたままで呂布を見上げた。
貂蝉に会わせたい、貂蝉のため…そうは言うが、どうして呂布はそんなことを思い立ったのだろうか。


「こいつは、咲良の弟だ。この俺が言うのだから間違いない」

「そんな…!?本当に…咲良様の…?」


貂蝉は両手で口元を押さえ、感極まった様子で瞳を潤ませた。
何故、呂布がその名を知っているのだ。
まさか、呂布の口から姉の名が出てくるとは思わず、悠生は困惑してしまう。
しかも、この世に通称として広まっている"落涙"という名ではなく、両親に与えられた本名を呼んだのだ。

貂蝉は小刻みに肩を震わせながらも、悠生の中に咲良の姿を見出そうとしている。
呂布と貂蝉と、咲良の間にいったい何があったというのだろうか。


「咲良様の弟君であられるあなた様にお会いできて光栄ですわ…、私は貂蝉と申します」

「ぼ、僕は…悠生といいます」


未だ涙ぐむ貂蝉から丁寧に挨拶をされて、悠生も畏まって頭を下げる。
何故かふてくされたらしい呂布は、やはり面白く無さそうにそっぽを向いた。
貂蝉が他の男と親しげに会話をすることが許せないだけなのだろう、嫉妬深い男だ。


「あの…貂蝉どのは咲良ちゃんとどういう関係なんですか?どうして、その名前を知っているんですか?お姉ちゃんは皆に落涙さんって呼ばれているのに…」

「ふふっ、なんだか懐かしいです。落涙という名は、私が咲良様に付けた名なのですよ」

「え、ええっ!?」



……貂蝉は客人である悠生のために茶を振る舞ってくれるという。
慣れた手つきで茶葉を蒸す姿は、単純な動作であれ貂蝉がすると優雅に見えてしまうから不思議だ。
悠生は正座をし、揺らめく白い湯気をぼんやりと見ていた。
隣に呂布も胡座を組んでいるから、僅かにも気を抜くことが出来ない。


「…下ヒにて奉先様と別れた私は、義父の縁を頼り、名と顔を隠して、建業で新たな暮らしを始めました。悲しみを忘れようとひたすらに舞を踊るだけの毎日を繰り返し…」

「そこで、咲良ちゃんに…?」

「ええ。咲良様は楽師として迎えられ、私の良き話し相手となってくださったのです。咲良様は、奉先様を失い絶望していた私にとって、眩い光のような存在でした」


呂布は下ヒで曹操軍に処刑された。
呂布軍の一員であった張遼は曹操の元へ降ったが、その後の貂蝉の行方は語られていない。
この貂蝉は、愛した呂布の後を追って自害をした訳ではなかったようだ。
彼の菩提を弔い、苦しみながら生き続けることを選んだのだ。

落涙…、咲良についての思い出話をする貂蝉の表情は穏やかで、呂布もどこか懐かしそうに目を細めていた。
だが、貂蝉は呂布が亡くなった後に建業に暮らし始め、偶々この世に紛れ込んでしまった咲良に出会った。
ならば、呂布が咲良について知る手段など無いはずだ。


 

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