彼の眠る萌芽



「貴様か、悠生と言う者は」

「え!?は、はい…僕が悠生で…わっ!?」

「俺と来い。逆らえば殺す」


疑問を浮かべる暇もなく、有無を言わさず、鬼のような形相をした呂布に荷物のように肩にかつがれてしまった。
恐ろしく低い地を這うような声で、呂布は出会ったばかりの悠生を脅迫するのだ。
二メートルの高さから見下ろすと、床が大分遠く感じる。


「悠生殿をお離しください!何をさせるおつもりで…」

「はっ、貴様、宦官だろう。俺に近寄るな、虫酸が走る」

「確かに私は宦官ですが、貴方に馬鹿にされる筋合いはありません。悠生殿をお返しください」


黄皓はあの呂布に面と向かって異議を唱えた。
文官である黄皓に戦う力がある訳でもなく、更に、相手は相当質の悪い呂布だ。
悠生のためにと決死の覚悟で物を言った黄皓を、あろうことか呂布は思い切り蹴飛ばしたのだ!
黄皓の体が、いとも簡単に吹っ飛び、激しく壁に激突する様を見た悠生は、背筋がさっと冷たくなった。


「黄皓どの!!やめてよ、離せ…っ!」

「フン。貴様も宦官と変わらぬ。顔も体も女のようではないか」

「僕のことはどうでも良いよ!でも、僕の友達を馬鹿にするな!!」


自分でも珍しいと思えるほどに、悠生は激しい怒りを露わにした。
しかも、あの呂布を相手にだ。
じたばたと暴れるが、呂布から逃げられるはずがない。
悠生は涙が出そうになり、黄皓の名を呼ぶ声も最早泣き声だった。
なりたくて宦官になった訳じゃない、とても痛かったって、悲しそうに語る黄皓をよく覚えている。
三国一の猛将、化け物じみた呂布に足蹴りをされたのだ、即死したって不思議ではない。
早く黄皓の怪我を手当しなければ、再び命を落とすようなことになったら、またひとりに戻ってしまう!


「うっ…何故このような…」

「黄皓どの…良かった…!!」


よろよろと身を起こした黄皓だが、目立つ怪我はどうやら鼻血だけのようである。
それでも激突した衝撃で体が痛むらしく、すぐに起き上がることは出来そうになかった。
呂布は何故こんな酷いことをしたのだ。
男らしい猛将が宦官を嫌うのも何となく分かるが、だからと言って身勝手すぎはしないか。


「…よく聞け!この餓鬼は俺の所有物だ!手を出した奴は誰であろうと一瞬で葬ってやる!」


いったい何を言い出すのだ、この人は。
城中に響き渡るほどの大声で、呂布は堂々と宣言した。
ずっと遠くにいる妲己にも、もしかしたら遠呂智にも聞こえたかもしれない。
野次馬は散り、黄皓も顔をべたつく血で真っ赤にし、呂布の背を見送ることしか出来ずにいた。


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