始まりの夜明け



趙雲は眉を寄せ、目前に迫り来る絶望を思い、深く嘆息した。

村へ近付くに連れ、風に流されて届けられた、焼け焦げたような匂いが鼻につく。
崩壊した家々、荒らされた田畑。
その変わりようは数日前、阿斗と共に訪れた長閑な村とは思えぬほど悲惨なものだっだ。

趙雲が到着した頃には既に消火活動も終わり、遺体や怪我人を搬送するための準備が進められていた。
迅速な対応に驚くも、趙雲は状況を確認するため、忙しなく動く兵に声をかけようとする。


「趙雲殿!」


途端、名を呼ばれた方を見れば、よく見知った顔が其処にはあった。
拱手し、真っ直ぐな瞳が凛々しい娘だ。


「星彩……」

「来てくださったのですね。感謝致します」


趙雲よりも先に、救援にと駆け付けたのは星彩だった。
女の身であれ、彼女は張飛の娘である。
その行動力は賞賛すべきものであろう。
星彩は引き連れた多くの兵に指示を出し、早々に村人の救出を進めていたようだ。


「被害状況は?こうして見るからには、惨いものだが…」

「はい。ご覧の通り、村は壊滅状態で…多くの死傷者が出ています。今は、重傷者から怪我人の手当てをしているところです。賊は捕らえ、城へ送りました。逃亡し、捕らえ損ねた者に関しては、追跡をさせています」

「ふむ…、星彩、一つ尋ねても良いだろうか?」


星彩と出会うまで、趙雲は辺りを見渡し、目的の人物を捜していた。
だが、混乱状況に陥った現場からたった一人の人間を、そう簡単に見付けられるものではない。


「少年を捜しているのだ。年頃は阿斗様とほとんど変わらないぐらいの子供なのだが…」

「少年…ですか?そう言えば先程、一人の子供を保護しました」


何故そのようなことを尋ねるのかと、趙雲の意図が理解出来ない星彩は小さな疑念を抱き、首を傾げている。
だが、星彩は理由を聞き出したりはせず、"少年"について思い当たる節があったらしい彼女は淡々と、幕舎へ趙雲を案内した。

あまり考えたくはないが、もしも、運悪く悠生が犠牲になっていたならば?
阿斗は憤るだろう。
泣いてしまうかもしれない。
乱れた世に絶望し、再びうつけを演じ、国や民は二の次、愛した人を慈しむことさえ忘れてしまうのかもしれない。


蜀の未来のためにはどうしても、悠生が必要なのだ。
どうか、無事でいてくれ。
祈るような気持ちで、趙雲は幕舎の中を覗き込んだ。

傷を負った多くの村人が横たわる中、星彩は目的の人物の元へ歩み寄ると、地に膝をつき、濡れた手拭いで負傷者の汗を拭おうとしていた。
相変わらず顔色一つ変えない星彩だが、彼女の見つめる先に横たわる"子供"の顔を目にして、趙雲は言葉を失った。


「悠生殿……」


其処に横たわるのは、衣服をべっとりと血で汚した、見覚えのある子供だった。
日焼けもしていない白い肌は血の気が無く、まるで死人のようだったが、弱々しかったものの呼吸をしていることを確認し、ひとまず安堵した。
どれほど酷い怪我を負ったのかと思ったが、彼自身に致命傷となるような傷は見受けられなかった。

しかし…、発熱している。
握った手は凍るように冷たいのに、額は火傷しそうなほどに熱いのだ。


 

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