彼の眠る萌芽



「ようこそ!歓迎するわよ、悠生さん」

「……こんにちは」

「そんな憂鬱そうな目で見ないでよね。あなたとは末長くお付き合いしていくことになるんだから!」


相変わらずの調子の妲己はさておき、悠生は一通り辺りを見渡すと、小さく溜め息を漏らし、俯いた。
遠呂智と妲己を始め、当然のように彼女の傍らに並び、涼しげな顔をする諸葛亮。
そして、前田慶次、伊達政宗、董卓と…呂布だった。
傾伎者、奥州の独眼竜、酒池肉林に鬼神、肩書きだけでも凄まじい彼らは、自らの意思で遠呂智に従った者。
言うなれば遠呂智の忠実なるしもべ、妲己にとっては都合の良い者達だ。


「早速本題に入るんだけど…、悠生さんには戦場に出てもらうわ。前線で思い切り目立ってちょうだい。あ、死なない程度にね」

「…お姉ちゃんを…捕まえるためですか…?」

「そうよ。あなたのお姉さん、落涙さんは邪魔なの。そのためだけにあなたを生かしているんだから、精一杯働いてくれる?」


妲己の悪びれもしない台詞に苛立つが、睨み付けることも叶わず、悠生は唇を噛みしめた。
なんとも、やるせない。
大好きな姉を死に追いやる手伝いをすることになってしまうのだ。
だが…、素直に従わなければ、今度は阿斗の身が危うくなる。
一度は友人を選んだ自分が、またも究極の選択を迫られている。
しかも、命が天秤に掛けられているのだ。
蜀の未来を担う阿斗と、世界の平和を取り戻す力を持つ咲良、どちらも重要な存在には違いないが…


「でも、僕には戦う力なんて…」

「私に口答えするつもり?阿斗さんがどうなっても良いって言うの?諸葛亮さんに聞いたのよ、あなたの命より大事な存在だって」

「っ……!」


阿斗の存在をほのめかされては、戦いたくないなどと絶対に口には出来ない。
やはり…どうあっても戦場に出なければならないのだ。
必死に戦うふりをして、咲良が自分を見付けないことを祈る以外、悠生には姉を守る方法が無かった。


「僕、ちゃんとやります!だから、阿斗を殺さないで…!」

「あなたって正直な人ね!良いわ、悠生さんが頑張ってくれるなら阿斗さんには手を出さないであげる」


今のところ、妲己の言葉に偽りは無いだろう。
悠生を思いのままに操るには、阿斗の名を口にすることが一番効果的だと知っているから。
悠生はじわりと滲む涙を乱暴に拭った。
何も言えないことが悔しくて…情けなくてたまらなかった。
弱いから、力が無いから…多くの大切な人を守ることが出来ない、そんなのは言い訳だ。


(阿斗が死んだら…、その時は一緒に僕も死ぬよ。だけど、咲良ちゃん…ごめんね…)


阿斗のためならば、恐ろしい敵に姉を売ることだって致し方ないことなのだと、割り切らねばならないのだ。
…ただ、苦しくて辛くて、いくら謝っても罪悪感や悲しみが消えることはなかった。


「待て」

「えっ?」


始終黙したまま、退屈そうに座っていた遠呂智だったが、急に悠生を呼び止めた。
あたたかさの全く感じられない冷たい声。
そこから読み取れるのは、負の感情ばかり。
悠生は瞳に涙を溜めたまま、遠呂智に向き直る。


「貴様…我の名を知っているか?」

「名前…?遠呂智…さま…?」

「……、もう良い。我の前から消えろ」


いったい、何だと言うのだ。
きちんと答えたはずなのに…何かが間違っていたのなら、教えてほしいぐらいだ。
自分勝手で、人を道具のように扱って。
だが、悠生は次に遠呂智の顔を見たとき、何故か、胸が締め付けられる想いをした。


(僕のことなんか、どうだって良いんじゃないの?どうして…そんな顔をするの)


悠生は遠呂智の表情に、初めて悲しげな色を見たのだ。
勘違いかもしれないし、気のせいだったのかもしれない。
それでも…、遠呂智は、寂しそうだった。
ひとりぼっちのときの、悠生と同じように。
 
 

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