彼の眠る萌芽



黄皓の交渉が成功したのか、悠生は先程とは比べものにならない良い部屋を与えられた。
一晩ゆっくりと休んで、明日には妲己と遠呂智に謁見するのだという。
…何を言われるのか、今から覚悟をしておかなければ。

傍で面倒を見ると約束してくれた黄皓も勿論同室で、寝台も二つ用意されていたのだが、悠生は我が儘を言って、今日だけは同じ寝台で寝てくれと黄皓に懇願した。
目が覚めたらやっぱりひとりぼっち、そんなことになるのが怖かったのだ。
黄皓は心底困った様子だったが、仕方なさそうにお願いを聞き入れてくれた。


「趙雲殿に知られたら私の命は無いでしょうね」

「え?」


黄皓は独り言ですよとごちる。
その夜は、二人で寄り添って眠った。
間近で彼の心臓の音を聞いて、本当に生き返ったんだということを実感出来た。
…他人の体温を感じると、安心する。
気持ち良く眠っていたら、あっという間に、朝が来てしまった。



(やだな…行きたくないな…)


道案内をする黄皓の後に続き、悠生は黙って歩みを進めていた。
しかし、此処はいったい何処なのだろう。
内装は三国時代のものに近いような気がするが、こうも序盤から本拠地・古志城に連れていかれるとは思えない。
すると此処は、遠呂智の数ある居城の一つということか。

妲己が悠生に何を要求するか、考えずとも分かることだ。
久遠劫の旋律を奏でる者、落涙を誘き出す餌とするつもりなのだろう。
弟想いな咲良のことだ、悠生が遠呂智に捕らわれていると知ったら危険を省みず…もしかしたら自分の命を差し出してまで弟を救おうとするかもしれない。


(咲良ちゃん…お願いだから、僕のことは忘れて…!)


邪魔な奏者を捕らえたとなれば、咲良は妲己によって速攻始末されてしまうはずだ。
そうなる前に、どうにか旋律を伝えなければならない。
あの時、勇気を出して孫策に尋ねておけば良かったと、悠生は後悔するのだった。


「悠生殿、気に障ることを言われたとしても、刃向かってはなりませんよ。阿斗様のためにも…」

「分かってます…我慢、します」

「……、」


そう、阿斗のために。
蜀の人間である悠生が遠呂智に無礼な物言いをすれば、劉備、そして阿斗の命が危険にさらされる。
安易に発言や行動をすることは出来ない。
完全に自由を奪われ、奴らの操り人形となるしか無いのだ。

片手では到底開けられそうにないほどの大きな扉がある。
両脇には、門番の遠呂智兵が立っていた。
この向こうに玉座の間があるのだそうだ。
遠呂智が、妲己が、悠生を待っている。

ギギ…と鈍い音を響かせて扉が開かれた。
門番に促され、恐る恐る足を踏み入れる。
広い空間に、見知った武将が数人並び、真っ正面には悪の元凶の姿が見えた。
どっしりと椅子に腰掛け、表情を変えずに悠生を見下ろしている。


(あれが、遠呂智か……、)


悠生は複雑な心持ちであった。
圧倒的な強さを持つ遠呂智はお気に入りのキャラクターで、憎しみを抱いたことなどあるはずがない。
だが今となっては、遠呂智は全人類の敵であり、問答無用に倒すべき存在。
…夢のような今が、現実となってしまったのだから。


 

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