世を捨て行く
「それにしてもあの女、妲己…いえ、妲己様と呼ばねば。頭を下げることは不服ですが、今は我慢の時期。思えば、私を死に至らしめた腹の傷は、彼女が操る妖玉に貫かれたために出来たもののようです」
「え…、」
「ですから…私は正直、彼女が怖い。あまり関わりたくありませんね。悠生殿のお付きになる以上、甘えたことは言っていられないのですが」
黄皓の言葉通りなら、やはり妲己は遠呂智が降臨する前から、密かに悠生にちょっかいをかけていたのだ。
悠生はそのことに全く気付けなかった。
改めて、恐ろしい女だ、と思った。
だが、自分を殺した張本人に出会っても、黄皓は怒りを抑えて内に隠しているのだ。
痛みや恐怖だって、簡単には忘れられないだろうに。
蜀のため、阿斗様のため、そうしなければいけないと我慢をしている。
マサムネを失った悲しみに呑まれてしまった自分には到底、真似出来ないだろう。
「実は、貴方を泣きやませて妲己様に連れてくるよう命じられていたのですが…、このような寒々しい部屋に放置され、身体の弱い悠生殿が体調を崩さないはずがありません。少し待っていてください。色々と交渉をしてきましょう」
「あ…黄皓どの…、待って…」
「何ですか?」
思わず引き止めてしまったが、悠生は次の言葉を躊躇ってしまう。
もし再び、親しい存在を失うことになったら、今度こそ心がバラバラに壊れてしまうような気がした。
だから、次は…自分が盾になってでも、戦うと決めた。
大切な誰かを守れるだけの強さが欲しい。
辛い想いをするのはもう、たくさんだった。
「ちゃんと、戻ってきてくださいね?僕のところに…」
「何を言うかと思えば…。勿論ですよ」
今度は黄皓のことも、守りたいと思う。
しかし現実はこうして黄皓の世話になるばかりで、大人と子供の差ははっきりしているのだ。
趙雲のような強く優しい大人になるには、まだ途方も無く時間がかかりそうだ。
END
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