世を捨て行く
「趙雲殿ではなくて申し訳ありませんね」
「いいですっ…今は、黄皓どのが良いです…!」
「……、貴方という人は…」
黄皓に縋り、今までより更に涙をこぼす悠生だが、先ほどまでの孤独感は薄れ、胸の痛みが和らいでいく。
やっと、一人じゃなくなったから。
背を撫でてくれる黄皓の手に、彼の存在を傍に感じられて、ただ、嬉しかった。
「黄皓どの…僕…マサムネを死なせちゃったんです…」
「マサムネ…?ああ、あの馬ですか。それは残念ですが、私がこうして生き返ったのですから、もしかしたら…」
「違うんです!マサムネ…さっきまで生きていたのに…僕を助けようと妲己に突っ込んで…!」
仮に樊城の地で、マサムネが黄皓と共に死んでいたら、一緒に蘇っていたかもしれないけれど。
マサムネはもう戻ってこないのだから。
二度と、その背に跨って駆けることが出来なくなってしまった。
「しかし悠生殿、マサムネは貴方を想い戦場に散ったのではないですか?マサムネの願いは貴方が生き延びること。違いますか?」
「…違わない、です…」
「ならば、生きるためにどうすれば良いか共に考えましょう。蜀への帰還が叶う日まで、私が貴方を支えます」
涙に濡れた頬をそのままに、悠生は黄皓を凝視してしまった。
聞き違いではなかろうか。
彼はずっと…傍に居てくれるというのだ。
未だに、黄皓という人間の本質は見極められない。
だが、初めて出会った頃は、お互いに嫌い合っていたし、現に殺されかけたのだ、そのことは忘れられない。
黄皓は史実通りの最悪な人間だと信じ、思い込んでいたのに…、嘘みたいだ。
「一応言っておきますが、貴方のためではありませんよ?」
「阿斗さまのため、ですよね?」
「ええ。その通りです」
…実に、不思議だ。
あんなにも苦手な人だったのに、こうして向かい合い、笑いあえるなんて。
心配してくれることが、本当に嬉しくて。
いつの間にか涙は止まっていて、落ち着いた悠生は漸く黄皓から体を離した。
涙やら何やらで服を濡らしてしまったけど、黄皓は気付かないふりをしてくれた。
[ 240/417 ][←] [→]
[戻]
[栞を挟む]