世を捨て行く



成都の戦いで、劉備と蜀の国は敵の手に落ちた。
五虎将軍を始めとした頼りの将も次々と捕らわれてしまい、諸葛亮は仕方無く、正体も分からぬ敵に従うこととなった。

だが、どうも現実的ではない。
遠呂智という存在、これが世界の異変を引き起こした元凶であった。
死した人間を大量に冥府から呼び戻すなど、人並み外れた力を持つ仙人であっても不可能な芸当だ。
そして、遠呂智の傍らにある妲己と名乗る女。
かつて稀代の悪女として名を馳せた彼女は、今は遠呂智の下で軍師をしている。


「もう!誰か悠生さんの説得を出来る人は居ないの!?」

「劉備殿の嫡男であらせられる阿斗様なら可能かと」

「ちょっと諸葛亮さん、そうやって劉備さんの居場所を突き止めようっての?」

「いえ。そのようなこと…」


諸葛亮は白いの羽扇で口元を隠した。
地団太を踏み、苛々した様子の妲己を冷ややかな目で見る。
…阿斗様は、劉備殿と御一緒の様子。
さりげなく、疑問を抱かせないよう振る舞い、諸葛亮は早くも多くの情報を得始めていた。

妲己は異常とも思えるほど、悠生に執着しているようだった。
先の戦…合肥にて悠生を捕らえたが、妲己の目的は孫呉の懐柔と、彼の国に保護されていた悠生の捕縛だったようだ。
そして、度々耳にした"落涙"の名。
遠呂智にとって不都合な存在が、二人。


「あの子、今のままじゃ使いものにならないのよ!さっさと遠呂智様に跪かせて…、明日にでも戦場に連れていきたいの!」

「これは…困りましたね。私は悠生殿には嫌われておりますし…」

「諸葛亮さん!投げ捨てないでよね!」


とある日、成都から忽然と姿を消した悠生だが、阿斗がどれほど願っても、捜索をすることは叶わなかった。
義兄弟を失った劉備は誰の言葉も聞く耳を持たず、この世界の異変が起きなければ、まさに孫呉相手に明らかな負け戦をけしかける寸前だったのだ。
その、孫呉に保護されていたらしい悠生は、合肥の戦いにて精神的な傷を負い、心を深く痛め、殻にこもってしまった。
誰が声をかけても、怒鳴ってもただ、涙するだけ。
まるで、壊れた人形のようである。

だが…それで良いのかもしれないと、諸葛亮は頭の隅で考える。
以前から予感していた通り、どこか浮き世離れしていた悠生には何か、秘められた力があったのだろう。
妲己の狙いは、戦場に悠生を連れ、その落涙という人間を誘き出すことにあるのだ。
二人の力で、遠呂智の野望を阻止することが出来るのならば、生き延びてもらわなければ。
諸葛亮は表向きは妲己に従っているが、いずれ、隙を見て妲己の自由を奪うつもりだ。
それまで、悠生にはこのまま人形でいてもらった方が都合が良い。


 

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