その光の名残



果敢にも敵中に飛び込むその御方の頼りない背中を見て、趙雲は息が詰まりそうになった。
劉備に忠誠を誓い、蜀を支えてきた将達は、この幼い人にどれほどの重い使命を背負わせようとしていたのだろうと。

劉備を救おうと敵に立ち向かった阿斗は、趙雲が与えた宝剣を死に物狂いで振りかざしたが、成長途中の未完成な体は衝撃に耐えきれず、呆気なく崩れ落ちた。
阿斗様に手を出すな、趙雲は叫び、手にした槍で一瞬にして敵を蹴散らした。
しかし敵の数は蜀軍に比べ圧倒的に上回っており、趙雲は劉備が地に伏せる姿を最後に、自らも意識を失った。


(どうかご無事で…阿斗様…)


趙雲が成長を見守り続けてきた劉備の嫡男、阿斗。
彼は生まれながら、子供らしく生きることが許されなかった、ゆえに反抗し、自らうつけのように振る舞い、我が儘放題に過ごしていた。
だが、阿斗の隣に"彼"が居たときはまだ、愛らしい年相応の笑みを見せてくれたものだ。
劉備が私怨で兵を動かそうとしたとき、阿斗は密かに、父の罪は自分の罪、全ての業を背負わなければならないと、心を殺してしまった。

慕っていた孫夫人と引き離され、大人に反感を抱いた過去は消えずとも、その時はまだ、阿斗の瞳の輝きは失われなかった。
生きる理由が、存在したからだ。
愛した星彩と悠生が居ればそれで良かったのだと、趙雲には阿斗の切なる願いをよく知っている。
そのような些細な望みさえ、叶えてやることも出来ず…またもや大人の都合で、阿斗を独りきりにしてしまった。


(阿斗様は…私を恨んでおいでか…)


阿斗はまだ舌っ足らずな頃から、子龍と呼び慕ってくれた。
そなたの方が父よりも近しい存在だと、阿斗は皮肉めいて語ったことがあったが、趙雲は己が阿斗の信頼を一心に受けることに、素直に喜びを感じたものだ。
だが趙雲は、悉く阿斗の想いを踏みにじり、無惨にも裏切ってきた。
阿斗が最も大事に想っていた悠生に手を出してしまった…、それだけでも許されざる事態だと言うのに。
城内で兵が刺殺され、濡れ衣を着せられた悠生の潔白を証明出来ず、行方不明になった彼が樊城に居ることを知りつつ、助けに行くこともしなかったのだ。

捕らえられた時は屈辱を感じた趙雲だったが、身にはそれほど深い傷は負っておらず、むしろ、ずくりと抉るような胸の痛みだけが趙雲を苦しめていた。
趙雲は今まで見たこともない造りの城へ連れられ、縄を掛けられ監禁されてた。
見張り番の話によれば、この城は上田城と言うらしいが…、全くもって知らない名であった。
彼らの会話を盗み聞きし、趙雲は世界に異変が起こり、三国が海を跨いだ隣国の倭国と融合したことを知ることになる。


(倭国…、確か、悠生殿も倭国の生まれと言っていたな…)


日々の執務や鍛錬が忙しく、休息もままならなかった頃に比べると、何もすることが無いという状況は珍しく、久しい。
敵の目的も分からぬ故、劉備殿や阿斗様はもう既に…、と絶望的な最後を想像しては、深い溜め息を漏らしたが、絶望の淵にあっても、いつしか趙雲は冷静になり、様々なことを考える余裕が出来た。
始終頭にあるのは、劉備や阿斗のことは勿論、趙雲にとっての最愛の人の姿だった。


 

[ 233/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -