曇り空に散る



「ぼ、くは…橋を守らなきゃ…皆に、お姉ちゃんを助けてほしいんです…」

「…では…橋付近の拠点にて待機してください…俺が橋を守りきりましょう…」


喉がきゅっと詰まり、上手く声が出ない。
周泰は静かに言葉を続けると、馬の腹を蹴り悠生より前に出た。
音もなく馬上で剣を抜いた周泰は、悠生目掛けて降り懸かってきた鋭い矢を弾き飛ばした。
そう、此処は戦場なのだ。
安易な考えが通用する世界ではないのだ。
周泰が横に居てくれなかったら、今頃、身を守る術の無い悠生は死んでいただろう。
己の無力さを実感した悠生は、意地をはっていた自分を恥じて、拠点に退くことに決めた。


「周泰どの…、無理を言ってごめんなさい」

「…構いません…慣れております…」


いったい誰のことを言っているのだ。
もしかしたら孫権さまのこと?と護衛に苦労する周泰の姿が頭に浮かんだ時には、目的の橋が目で確認出来る距離にあった。

テレビ画面を通して見るよりも、橋がずっと大きく見える。
橋が壊されたとして、無理矢理に泳いでても川を渡るなんてことは、容易ではなさそうだ。
いつ遠呂智軍の工作兵長がやってくるかも分からないが、早々に倒して、甘寧達が渡りきるまで橋を守らなくてはならない。

だが…悠生のお役目は此処で終わりだ。
辿り着いた拠点にて、馬から降りた周泰が、目線だけで悠生も降りるようにと促す。
大人しく此処で待っていろと言うのだ。
素直に…とはいかないが、地に足をつけた悠生は、拠点兵長に話をつけ、それから外へ向かっていく周泰の背を黙って見送った。


(結局、何も…出来なかったな…)


じっと寄り添ってくれるマサムネのあたたかさを感じながらも、笑顔を作れず、悠生は俯くばかりだった。
拠点の中では、兵達が出撃の準備をしたり、傷を癒したり、忙しなく動いている。

ばたんと大きな音がし、砂埃が舞った。
見れば、その場で力尽き倒れる者がいた。
真っ赤に染まった包帯をぐるぐると巻いていたが、まだ若い、自分とそれほど年齢も変わらなそうな青年だった。
可哀想、哀れだ…仕方がないだろう。
何とも言えない虚しさに襲われる。
これこそが、本当の戦なのだから。


(大好きだったのは、ゲームなんだよ…)


わらわらと溢れる雑兵達をいとも簡単に斬り裂いて、楽しんでいた。
今なら、なんて恐ろしいことをしていたのかと、コントローラーを手にしていた頃の自分が信じられなくなる。
現実を知った途端、ゲームだと割り切ることが出来なくなった。

皆の邪魔にならないようにとマサムネと共に隅に立っていたが…、彼らは捕虜でありながら周泰に連れられて来た黄悠を、不思議そうに見つめるだけだった。
落涙の弟と言えども、正式な婚儀は未だ行われていないゆえ、彼らの中で黄悠の存在は限りなく薄い。
悠生は自ら捕虜であることを望んだのに…、居場所は、此処には無いのだと実感すると、とてつもなく泣きたくなった。


 

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