曇り空に散る



(よく分からないけど…苦しくなってきた…っ…)


胸を押さえ、悠生は乱れ始めた呼吸を落ち着かせようとするが、速くなった動悸はおさまらない。
初めての戦を前に緊張しているのは確かだが、きっと理由はそれだけではない。
この気持ち悪さを、どうすれば消し去れる?
胸にモヤモヤとする嫌な想いを抱えたまま、悠生はマサムネに跨ると、周泰に従うことを条件に戦場へ立つことを許してくれた孫策の言葉を無視し、自分勝手に…、激しく矢の飛び交う戦場へと足を踏み入れた。


(人間は…遠呂智兵とは違うから…この矢で心臓を貫けば、血を流して死んじゃうんだ…)


すぐに、噎せかえりそうな死臭を全身に浴びた。
血の匂いだけではない、何かは判断出来ないが、もっと酷い匂いがする。
戦場で立ち止まったら死が待っている、だからマサムネは悠生が指示しなくても、駆けるのをやめなかった。

ゲームとはまるで違う、本物の戦を目の当たりにした悠生は、マサムネの手綱を強く握ることでどうにか平静を保っていた。
見慣れた蜀の鎧を着た兵卒の遺体は消えずに転がっている。
隻眼の馬を操る悠生の姿に気が付いた蜀の者も居たようだが、気を取られた隙に、呉軍の兵に首を跳ねられていた。


(……!僕のせいで…!)


鮮やかな血しぶきを、ごとりと転がる首を、悠生は茫然と見詰めた。
風のように駆けるマサムネによってその場面が過ぎ去っても、生々しい殺戮の瞬間を忘れることは出来ない。
既に脳は現実を受け止めきれず、弱い心を壊させないために、自然と思考を停止させようとしていた。


「…黄悠殿…」


幕舎を飛び出した悠生を、急いで馬に乗って追い掛けてきたらしい周泰が、いつの間にか隣を走っていた。
周泰はただならぬ悠生の様子に気付き、僅かに眉を潜める。


「だ、大丈夫です…心配してもらわなくても…」

「…そのままでは…落馬しかねません…近くの拠点へ…」

「嫌です!そんなの…いやだよ…」


我が儘な叫びは、徐々に涙声に変わっていく。
周泰も投げ掛ける言葉を失い、口を閉ざした。
マサムネの軽やかな蹄の音が、戦場であることを忘れさせてくれなかった。

どうしてここまで頑張っているの?
余計なことはしなくて良い。
微妙に物語が変わってきているとは言え、孫策ならば敗北にもめげずに、きっと遠呂智を倒すために活躍してくれるだろう。

だけど、じっとしていられなかった。
姉より友を選んだ自分が言えた義理ではないが、巻き込まれただけの可哀想な咲良を、見殺しにはしたくない。
だが…咲良が捕らえられているから無理をしても頑張る、というのは建て前だ。
この戦は負けなければならない。
それを知っていても、悠生を戦場に駆り立てたのは、蜀へ帰りたい、阿斗に会いたいという強い願いである。

願うことを、頑張ろうとする気持ちを無くしたら、もう何処へも帰れないような気がした。
ちっぽけな自分が頑張ったって、何かが変わるわけではないけれど。


 

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