遥かなる人へ



(でも…甘寧どのは…咲良ちゃんを助けに行ってくれたんだ…こんなときだけど、嬉しいな…)


宴の夜に、甘寧は落涙への決意を語って聞かせてくれた。
その時の甘寧は、いつになく真剣な目をしていたように思う。
悠生も、彼こそが、姉が悲しいとき真っ先に駆けつけてくれる男だと、信頼することが出来たのだ。

だったら自分も合肥に向かい、姉を救うために戦おうとしている彼らの力になりたい。
何が出来るか分からないけれど、今はまだ、呉の皆と共に居ようと決めた。


「孫策さま!僕も合肥へ連れて行ってください!僕のお姉ちゃんが…人質にされてしまったみたいなんです」

「ああ、分かった。俺も一緒にお前の姉ちゃん、救ってやるからな」


姉を救いたいのだと切実に訴えれば、孫策は嫌な顔もせずに頷いてくれた。
彼らが遠呂智軍に挑む初めての戦は…確実に負けてしまう。
そうでなければ物語がストップしてしまうから。
もともと関係の無かった自分が参戦することで、未来が大きく変わってしまうかもしれない。
それでも、すぐ傍で見ていたいのだ。
孫呉の将兵の心が散り散りにならないように、志が違えてしまわないように。


(僕、此処で頑張るから…、関平どのも…)


指先を見つめ、戦場に散った若き武将に誓う。
細い痕は消えず、むしろ濃くなっているようにも見える。
亡くなって間もない関平も、孫策と同じように、現世に呼び戻されているやもしれない。
悠生殿は子供だからと、関平には甘やかされ続けていた(その優しさが心地よくて、自ら甘えていたのだが)。
いずれ、再会する日が来たら、少しでも、成長した姿を見せたいものだ。


「だったら、出発は明日早朝にするぜ。それまでよく休んでおくんだ。いい加減、立っているのもきついんだろ?」

「は…はい…」

「それと、怪我の手当もな」


指摘されるまで、怪我のことなどすっかり忘れていた。
首筋の切り傷も、壁に打ち付けられた際に出来たたんこぶも、痛みが薄れればそれほど苦でもない。
それよりも、急激に眠気が強く襲ってくる。
今なら外でだって眠れそうな気がする。
これだけ猶予を与えられたのだから、迷惑をかけないようにしっかり休息を取らなくては。


(そう言えば…、孫策さまって知っているんだよね…あの歌…)


ぼんやりと、悠生は孫策を見上げた。
とてつもなく眠たいのは事実だったが、彼はそれを単純に解釈したようだ。
だから言っただろ、と孫策は笑いながら悠生の手をぐいっと引っぱる。
そして、涙で頬を濡らした尚香を見た孫策は、笑みを絶やさずに、空いている部屋に案内するよう頼んだ。
すると、尚香もやっと、笑ってくれて…、きっとこれからも沢山の人が、孫策の笑顔に救われるのだろうと、悠生は心強さを感じた。

しかし何故、孫策が歌を知っていたのだろうか。
遠呂智を封じる鍵となる久遠劫の旋律とは、孫策がかつて、赤子の小春に唄った子守歌だというのだから。
気になったが、人前で簡単に口にして良いことでは無いような気がして。
孫策の肩に額を押し付け、うとうとし始めていた悠生が、疑問を口にすることはついに無かった。



END

[ 224/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -